クロロホルム強姦未遂事件判決
事件名 東京地裁 平成10年(合わ)449号 住居侵入、強姦未遂被告事件 判決名 東京地判平成11(1999)年3月16日 掲載誌 判時1674号160頁 評釈 臺宏士「有害サイトの影響」岡村久道編著「インターネット訴訟2000」(ソフトバンクパブリッシング、2000)343頁 備 考
判 決
主 文
被告人を懲役二年に処する。
未決勾留日数中六〇日を右刑に算入する。
東京地方検察庁で保管中のクロロホルム一本(ビン入り)(平成一〇年東地領第五四四六号の1)を没収する。
理 由
(罪となるべき事実)
被告人は、勤務先のかつての同僚である乙野花子(当時二八歳)を強いて姦淫しようと企て、平成一〇年一〇月二〇日午前三時一五分ころ、東京都板橋区《以下住所省略》同女方に、隣家のブロック塀をよじ登り、車庫の屋根を伝って、同女方の無施錠の出窓から侵入し、同所において、就寝中の同女に対し、あらかじめインターネットを利用して入手しておいたクロロホルムを被告人の手に塗布してかがせた上、これに気付いた同女を押し倒して布団を被せ、その上から同女の顔面付近を右腕で押さえつけ、さらに、馬乗りになって同女の腹部付近を手拳で数回殴打するなどの暴行を加え、その反抗を抑圧して強いて同女を姦淫しようとしたが、同女が大声を上げて抵抗したため、その目的を遂げなかったものである。
(証拠の標目)《省略》
(法令の適用)
被告人の判示所為のうち、住居侵入の点は刑法一三〇条前段に、強姦未遂の点は同法一七九条、一七七条前段にそれぞれ該当するが、右の住居侵入と強姦未遂との間には手段結果の関係があるので、同法五四条一項後段、一〇条により一罪として重い強姦未遂罪の刑で処断することとし、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役二年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中六〇日を右刑に算入し、東京地方検察庁で保管中のクロロホルム一本(ビン入り)(平成一〇年東地領第五四四六号の1)は判示強姦未遂の用に供した物で被告人以外の者に属しないから、同法一九条一項二号、二項本文を適用してこれを没収することとする。
(量刑の理由)
本件は、被告人が、勤務先のかつての同僚である被害者の居宅に侵入し、同女を強姦しようとしたが、未遂に終わった事案である。
被告人は、かねてから性的関心を抱いていた被害者に対し、自己の性欲の満足を図るため本件強姦を企てたものであり、その契機に同女の言動に不満を抱いた点があったとしても、動機は自己中心的であって、酌量の余地はない。
犯行態様を見ても、被告人は、被害者の抗拒不能を確実にするためにクロロホルムのほか、ガムテープ、マスクを、また、その裸身撮影のためにデジタルカメラを、それぞれ事前に準備して携行し、深夜、同女方の灯りが消えていることを確認したうえで、その隣家のブロック塀をよじ登り、車庫の尾根を伝い、地上三階の出窓から同女方に侵入し、麻酔作用を有するクロロホルムを同女にかがせ、これに気付かれるやその顔面を布団で覆い、さらにその腹部を数回殴打するなどの暴行を加えた上で強いて姦淫しようとしたものであって、本件は強固な意思に基づいて周到に計画された危険かつ悪質な犯行である。
他方、被害者は深夜、自宅で就寝中に突然襲われたものであり、何ら落ち度のない同女が被った精神的苦痛は深刻で、犯行後の生活に重大な影響が生じており、当初厳罰を望んでいたのも無理からぬものがあるほか、本件犯行が同女と同じく一人暮らしをしている女性に与えた不安感も大きい。
加えて、被告人は、インターネット上における禁制品等の不正売買のホームページにアクセスすれば容易に禁制品等が入手できることに目をつけ、右ホームページを利用して手に入れたクロロホルムを用いて、本件犯行を敢行したものであり、インターネットの匿名性等からしてこの種の犯行態様の模倣性は高いといえることをも考慮すれば、本件犯行が、社会に与えた影響も決して軽視することはできない。
以上の諸事情に照らせば、被告人の刑事責任は甚だ重いといわざるを得ない。
したがって、本件強姦の点は未遂に終わっていること、被害者との間で示談が成立して示談金一二〇万円が支払われていること、被告人は、捜査段階から事実を概ね認めて反省の念を示していること、勤務先を解雇されるなど社会的制裁を受けていること、これまで前科前歴がないこと、母や兄が被告人の今後の指導監督を誓っていること等、被告人のために酌むべき事情を最大限考慮しても、被告人に対して、その刑の執行を猶予することは相当でない。
よって、主文のとおり判決する。(求刑 懲役三年)
裁判長裁判官 木村 烈
裁判官 久保 豊
裁判官 柴田雅司
注 意
本判決文は、研究の便宜を目的として掲載しているものにすぎず、如何なる意味でも内容の正確性や真性を保証するものではありません。誤字・脱字等、不正確な部分が含まれている可能性がありますので、引用等の際は、必ず原本を参照して下さい。(岡村久道)