ニフティサーブ電子掲示板詐欺事件判決
事件名 ニフティサーブ電子掲示板詐欺事件
京都地裁 平成8年(わ)1226号・1312号・平成9年(わ) 111号判決名 京都地判平成9(1997)年5月9日 掲載誌 判時1613 号156頁 評釈 岡村久道「ハイテク犯罪と法(季刊トップ Vol.17 1998 WINTER [1998年12月20日] 教育システム 48頁)[PDF file] 備 考
判 決
主 文
被告人を懲役二年に処する。
この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、その猶予の期間中被告人を保護観察に付する。
押収してある普通預金申込書一通(平成九年押第一二号の1)及び普通預金新約申込書一通(同押号の6)の偽造部分を没収する。
理 由
第1 原告の請求
(罪となるべき事実)
被告人は
第一 平成八年一月二三日ころ、埼玉県富士見市《以下住所省略》所在のA方において、行使の目的をもって、ほしいままに、かねてから入手していたあさひ銀行の普通預金(兼総合口座)申込書(入金票)のおなまえ欄に「B」と署名するとともに、おところ欄に「東京都渋谷区《以下住所省略》」、生年月日欄に「47、5、17」、お勤め欄に「フリーター」、口座開設ご希望店欄に「渋谷」などと記入し、もって、B名義の右申込書一通を偽造した上、同月二四日ころ、これを真正に成立したもののように装って、埼玉県浦和市《以下住所省略》所在の同銀行ポストサービス係に郵送し、そのころ、情を知らない同係係員をして、右申込書を東京都渋谷区渋谷二丁目二〇番一一号所在の同銀行渋谷支店に送付させ、同年二月一日ころ、同支店に到着させて行使し、
第二 平成八年二月下旬ころから三月初旬ころまでの間、前記A方において、行使の目的をもって、ほしいままに、かねてから入手していた第一勧業銀行の普通預金新約申込書用紙のおなまえ欄に「C」と署名するとともに、生年月日欄に「47、4、2」、おところ欄に「渋谷区《以下住所省略》」、お勤め先欄に「フリーランサー」、口座開設希望店欄に「渋谷」などと記入し、もって、C名義の普通預金新約申込書一通を偽造した上、そのころ、これを真正に成立したもののように装って、千葉県印西市《以下住所省略》所在の第一勧業銀行マイバンクセンターS係に郵送し、情を知らない同係係員をして、右申込書を東京都渋谷区宇田川町二三番三号所在の同銀行渋谷支店に送付させ、同年三月一四日ころ、同支店に到達させて行使し、
第三 売買代金名下に金銭を詐取しようと企て、平成八年四月一三日ころ、真実は、パソコン部品を売り渡す意思がないのにこれがあるかのように装い、パソコン通信サービス「ニフティサーブ」(以下単に「ニフティ」という。)の電子掲示板に、右ニフティ会員のCであるかの如く装って、C名義で、「今回もパーツうります。ペンチアムCPUとSIMMをまとめ買いすると一個が破格のお値段でかえるのです。購入方法は、どのパーツも、手付け金¥一〇〇〇〇を先にしはらい、残りのお金は品物到着時に郵便やさんに払います。」などと虚偽の情報を書き込んだ上、別紙一覧表一記載のとおり、同日ころから同月一七日ころまでの間に、右掲示板を閲覧して問い合せをしたDほか二名に対し、売買代金あるいは手付け金を支払えば、注文にかかるパソコン部品を郵送する旨の虚偽の内容の電子メールを送信し、同人らをしてその旨誤信させ、よって、同月一五日から同月一七日までの間に、前後三回にわたり、前記第一勧業銀行渋谷支店のC名義の普通預金口座に合計七四万四三九〇円の振込入金を受け、もって、人を欺いて金銭を交付させ、
第四 パソコン通信サービス「ニフティサーブ」を提供するニフティ株式会社の事務処理を誤らせる目的で、ほしいままに
一 平成八年三月二七日ころ、前記A方において、被告人所有のパーソナルコンピューター(以下、単に「パソコン」という。)を操作し、東京都大田区《以下住所省略》所在の富士通株式会社情報処理システムラボラトリ内のコンピューターに、電話回線を通じて、前記ニフティ会員のCの住所が「埼玉県入間市《番地省略》」から「東京都渋谷区《以下住所省略》」に、電話番号が「〇四二九−〇〇−〇〇〇〇」から「〇三−〇〇〇〇−〇〇〇〇」にそれぞれ変更された旨の虚偽の情報を送信し、情を知らない右ニフティ株式会社メンバーサービス部係員をして、その旨の情報を、東京都品川区《以下住所省略》所在の大森ベルポートA館ニフティ株式会社経営情報システム部内に設置されたコンピューターの記憶装置内の「顧客データベースファイル」に記憶させ、もって、事実証明に関する電磁的記録を不正に作出し、
二 平成八年四月一八日ころ、前記A方において、被告人所有のパソコンを操作し、前記富士通株式会社情報処理システムラボラトリ内のコンピューターに、電話回線を通じて、前記Cの住所が「東京都渋谷区《番地略》甲野六一一A一一号室」から「愛知県名古屋市《以下住所省略》」に、電話番号が「〇三−〇〇〇〇−〇〇〇〇」から「〇五二−〇〇〇−〇〇〇〇」にそれぞれ変更された旨の虚偽の情報を発信し、情を知らない右ニフティ株式会社メンバーサービス部係員をして、その旨の情報を、前記ニフティ株式会社経営情報システム部内に設置されたコンピューターの記憶装置内の「顧客データベースファイル」に記憶させ、もって、事実証明に関する電磁的記録を不正に作出し、第五 売買代金名下に金銭を詐取しようと企て、平成八年四月一三日ころ、真実は、パソコン部品を売り渡す意思がないのにこれがあるかのように装い、前記ニフティの電子掲示板に、右ニフティ会員のCであるかの如く装って、C名義で、「今回もパーツうります。ペンチアムCPUとSIMMをまとめ買いすると一個が破格のお値段でかえるのです。購入方法は、どのパーツも、手付け金¥一〇〇〇〇を先にしはらい、残りのお金は品物到着時に郵便やさんに払います。」などと虚偽の情報を書き込んだ上、別紙一覧表二記載のとおり、同日ころから同月一五日ころまでの間に、右掲示板を閲覧して問い合せをしたEほか二名に対し、手付け金を支払えば、注文にかかるパソコン部品を郵送する旨の虚偽の内容の電子メールを送信するなどし、同人らをしてその旨誤信させ、よって、同月一五日から同月一七日ころまでの間に、前後三回にわたり、前記第一勧業銀行渋谷支店のC名義の普通預金口座に合計一二万円の振込入金を受け、もって、人を欺いて金銭を交付させ
たものである。
(証拠の標目)《省略》
(法令の適用)
被告人の判示第一及び第二の所為のうち、私文書を偽造した点はいずれも刑法一五九条一項に、同文書を行使した点はいずれも同法一六一条一項、一五九条一項に、判示第三及び第五の各所為はいずれも同法二四六条一項に、判示第四の各所為はいずれも同法一六一条の二第一項にそれぞれ該当するが、判示第一及び第二の各私文書偽造と各行使の間にはそれぞれ手段結果の関係があるので、同法五四条一項後段、一〇条によりいずれも一罪として犯情の重い偽造私文書行使罪の刑で処断することとし、判示第四の各罪について所定刑中懲役刑をそれぞれ選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により刑及び犯情の最も重い判示第三の別紙一覧表一記載の三の罪の刑に法定の加重をした(ただし、短期は犯情の重い判示第二の偽造私文書行使罪の刑のそれによる。)刑期の範囲内で被告人を懲役二年に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、なお同法二五条の二第一項前段を適用して被告人を右猶予の期間中保護観察に付し、押収してある普通預金申込書一通(平成九年押第一二号の1)及び普通預金新約申込書一通(同押号の6)の偽造部分は、判示偽造私文書行使の犯罪行為を組成した物で、何人の所有も許さないものであるから、同法一九条一項一号、二項本文を適用してこれを没収することとする。
(量刑の理由)
本件各犯行は、被告人がいわゆるパソコン通信の大手サーバーである「ニフティサーブ」の電子掲示板等に他人名義で虚偽の情報を書き込むなどし、偽造の申込書を用いて開設した他人名義の口座に右情報を閲覧した者からパソコン部品代金名下に振込送金を受けてこれを騙取し、さらに、右詐欺事犯の発覚を免れるため、パソコン通信のホストコンピューター上に登録された他人の住所等を無断で変更するなどしたという事案である。
すなわち、被告人は、パソコン通信のネットを通じて「F」なる人物から他人名義の架空口座の作り方(郵送による銀行口座開設の申込みを行う方法を使うと銀行からの身分証明書の確認を免れることができる。私書箱を開設して住所とすれば他人名義で容易に架空口座が開設できるということ)やニフティ会員の入会時の情報(クレジットカード情報、ID及び仮パスワード)を教えてもらったり、自らプログラムしていたハッキングソフト(GOMENBER.LSTに記載されたニフティの会員情報をもとに会員のパスワードを解析するソフト)を利用して、他人のパスワードを探り当てたりしていたが、これらを利用してニフティ会員になりすまして売買名下に金員を騙し取ろうと考えるようになり、<1>私書箱業者を利用して架空の住所を設定して、右住所で実在する他人名義の銀行口座開設申込書を偽造して口座を開設し(本件第一、第二の事実)、<2>ニフティのホストコンピューターに保存されている会員の住所情報を右架空の住所に変更したうえ(判示第四の一の事実)、<3>他人のパスワードを使ってニフティ内に勝手に潜り込み、ニフティが会員に提供する電子掲示板に実在する会員名義でパソコンのCPUとメモリーを売るなどと嘘の情報を掲載し、この情報を閲覧して申込みをしてきた被害者らに対し、さらに商品を確実に送付する、代金等は前記口座に入金して欲しいなどの電子メールを送信するなどして、被害者から右口座に振込送金を受けて代金名下に八六万円余を騙取した(判示第三及び第五の各事実)。<4>その後、被害者らからの追及や警察の捜査を免れるため、前記ホストコンピューターの前記住所情報を私書箱業者の住所から別の住所に変更するなどした(判示第四の二)というのである。
このように、本件各犯行は、パソコンやパソコン通信に精通した被告人が中学生の頃から培ってきたコンピュータープログラミングの知識や、パソコン通信を通じて得た犯罪紛いのいわゆる裏情報をもとに、パソコン通信あるいはインターネット上の情報を容易に信用して売買が行われている現状、サーバー側のホストコンピューターから非公開の会員情報が入手可能な状態であること、会員自身により設定されたパスワード自体も氏名や生年月日等から容易に推測可能なものが多いこと、銀行の口座開設についてもその身分確認を擦り抜ける方法があること等、パソコン通信ないしこれに付随するシステムの弱点に付け込んで、コンピューター上に勝手に偽りの情報を書込むなどし、結局不特定多数の被害者から多額の金員をだまし取ったという非常に狡猾かつ計画的犯行で、犯行態様は非常に悪質である。
また、本件各犯行は、判示の手口により、パソコン通信上で他人の名前をかたって虚偽の情報を流布し不特定多数人から詐欺したという点において、情報ネットワークの発展やパソコンの益々の普及に伴い今後増加が予測される犯行形態であるうえ、IDとパスワードの一致のみで個人を識別するというパソコン通信の匿名性を利用し、前記の弱点を利用して周到な準備をし、犯人の特定を非常に困難にしたという点において、捜査が困難で模倣性が高い犯行形態といわなければならず、一般予防の見地からも重い処罰が必要な犯罪である。
以上のような事情に加え、被告人は本件詐欺も併せ同じ手口で少なくとも七〇〇万円近く手に入れていることなどまさに営業犯的犯行といわざるをえないこと等を併せ考慮すると、本件各犯行についての被告人の刑事責任は重いというべきである。
被告人は、中学生のころからコンピュータープログラミングを、大学生のころからパソコン通信を始めるようになり、パソコン雑誌等でのアルバイト等を通じて、前記のように、パソコンに精通するようになったものであるが、本件各犯行当時は、犯行発覚の端緒となった会社の同僚以外には親しい友人もなく、パソコン通信上で名前も性別もわからない犯罪紛いの行為を行っている者らとの交流を中心に生活してきたものであって、今後の交遊関係によっては再犯可能性は否定できない。また、現状では被告人の近親者もパソコンを用いた際の被告人の行動を十分監督できない状態にあるといわなければならない。
しかしながら、他方、本件各詐欺の被害については被害弁償がなされており、余罪分についても被害者の特定できるものについて一部被害弁償がなされ、被告人は今後も弁償に尽くして行く旨誓っており、被害者の多くから嘆願書が提出されていること、被告人は、本件により相当期間身柄を拘束され、これを契機に自らの犯行の重大性に気づいて真摯に反省し、今後は被告人は今後現実を人間との精神的交流を大切にすると共に、この種の犯罪の予防の為に自らの知識や経験を使っていく旨述べていること、被告人は本件発覚により勤務先を懲戒解雇され社会的な制裁を受けていること、被告人は、保釈後再就職先で真面目に働き、両親に立て替えてもらった被害弁償金の返還に努めていること、被告人にはこれまで前科前歴が全くないこと、被告人の父親も本件を機に被告人との交流を取り戻し十分監督する旨誓っていることなどを総合考慮すると、現時点では被告人の再犯の可能性は低く、社会内で更生する意欲も十分あると認められる。
以上の各事情を総合考慮すると、被告人には、その刑事責任を明確にしたうえで、保護観察に付し、今回に限り、刑の執行だけは猶予するのが相当であると判断する。
よって、主文のとおり判決する。別紙 一覧表一
番号、欺罔年月日(平成年・月・日ころ)、被欺罔者及び欺罔場所、欺罔文言、騙取年月日(平成年・月・日)、騙取金額
一、八・四・一三、D京都市左京区《番地略》、ペンティアムCPU一個SIMM二個承りました。代金引き替えが無理でしたら、一括でも構いませんよ。納期は、振り込み確認から一週間ほどです。、八・四・一五、九万六四〇円
二、八・四・一四、G大阪府東大阪市《番地略》、購入希望の件わかりました。手付け金の振込口座は、第一勧業銀行渋谷支店普通預金口座〇〇〇〇〇〇〇です。責任もって、承ります。、八・四・一五、一万円
三、八・四・一七、H福岡市中央区《番地略》、明日、代金を振り込んでいただくとの件わかりました。明日中には、発送できるように手配しておきます。、八・四・一七、六四万三七五〇円別紙 一覧表二
番号、欺罔年月日(平成年・月・日ころ)、被欺罔者及び欺罔場所、欺罔方法、欺罔文言、騙取年月日(平成年・月・日ころ)、騙取金額
一、八・四・一三、E大阪市《番地略》、電子メール、CPU受け付けます。三個オーケーです。代金の方は、最初は全額は必要ありません。手付け金としてCPU一個につき一万円お支払いしてもらえばいいだけです。責任もって、承ります。、八・四・一五、三万円
二、八・四・一五、I千葉県柏市《番地略》、電話、手付金の振込みを確認し、パーツは坂巻さん宅へ郵パックですぐに送ります。手渡しさせてもらってもよいのですが、今手元に置いていないので、郵送にさせてもらいます。、八・四・一五、七万円
三、八・四・一五、J福島県福島市《番地略》、電子メール、代金の方は、最初は全額は必要ありません。パーツ一個または一組みにつき、各一万円おしはらいしてもらえばいいだけです。責任もって、承ります。、八・四・一七、二万円(検察官の求刑 懲役二年)
裁判官 難波 宏
注 意
本判決文は、研究の便宜を目的として掲載しているものにすぎず、如何なる意味でも内容の正確性や真性を保証するものではありません。誤字・脱字等、不正確な部分が含まれている可能性がありますので、引用等の際は、必ず原本を参照して下さい。(岡村久道)