「MP3 と著作権法」 岡村 久道
(初出 98/11/15 最終更新 03/06/17)
1 はじめに
MP3をめぐってデジタル著作権のあり方が議論されている。
MP3 とは、MPEG 1 Layer-3 Audio 規格の略称であり、MPEG Audio とは、動画圧縮技術で著名な MPEG の音声部分データ圧縮アルゴリズムだ。
MPEG Audio は Layer が大きいほど圧縮率が高い。Layer-3(MP3) では、圧縮前のデータと比較して約10分の1という信じられないような高圧縮率でありながら、CDに近い音質を保つという効率的な圧縮技術として注目を集めている。人間が聞き取ることが不可能な帯域の音をカットして圧縮するというのが、その仕組みである。
音楽などのサウンドはデータとしての量が大きいので、インターネット上で流すためにはデータ圧縮技術の助力を借りる必要がある。圧縮率と質の高いMP3 を使用すれば、インターネットで高い音質の音楽を流すことができるようになる。MP3は、このような高い性能を持ったはじめてのデジタル音楽用フォーマットの中のひとつだ。しかも MP3 の使用はフリーなのである(但しMP3の生みの親であるドイツの研究所「Fraunhofer IIS-A」は、1999年9月からライセンス料を請求している)。
2 MP3に対する従来の問題
ところが、音質が優れていることなどから、CDなどに収録された曲を勝手にMP3化して流しているホームページが急増中だといわれている。
他人の作ったグラフィックスを無断でウェブにアップするのが著作権侵害となるのと同様に、他人の作った曲を無断で MP3化してアップする海賊版が著作権侵害にあたり許されないのは当然である。
そこで、米国では、米レコード協会(Recording Industry Association of America : RIAA)が、MP3フォーマットを使った違法コピーに対する撲滅キャンペーンを実施し、実際に、違法コピーした曲を使って MP3のデータベースを提供していたウェブに対し複数の裁判を提起している。RIAAは、米国の5大レコード会社(Sony Music Entertainment,Warner Music Group,BMG Entertainment,EMI Recorded Music,Universal Music Group)を会員として擁する団体だ。
日本でも、1998年の8月から、日本音楽著作権協会(JASRAC)や日本レコード協会など6団体が、他人の作った曲を無断で配信している悪質な MP3ウェブに対し、警告をはじめとして断固とした措置をとることを発表している。それにしても、MP3という技術自体を違法と考えているのではなく、音楽の無断使用が問題だとしているという(*1)。
ここまでは誰でも常識的に理解できる。つまり、MP3を使用した個々の無許諾コピー配布行為が著作権侵害となることは当然だ。
3 RIAAとDiamond Multimedia社との裁判紛争
問題はここからだ。
現在では、MP3プレーヤーというハードウェア、突き詰めると MP3というフォーマット自体が問題とされているのだ。1998年7月には、MP3世界サミットがサンディエゴで開催され、この席上でも著作権問題を含めて白熱した議論が繰り広げられていた。
ターニング・ポイントとなったのは、PC用グラフィック・ボードなどで有名なDiamond Multimedia Systems社が、1998年9月14日、Rio PMP300という ポータブル MP3 再生装置の発売を発表したことである(*2)。
このハードウェア自体はウォークマンのような外見だが、インターネットからPCにダウンロードした MP3フォーマットの音楽データを Rio に取り込んで聴くことができる。既に類似したハードウェアは韓国のメーカーからも発売されている。
RIAAは、同年10月9日、Rioの販売に関する暫定的差止命令と永久の差止命令を求める訴えをロサンゼルスのロスアンゼルス中部地区連邦地方裁判所に提起した(*3)。
同月16日、同裁判所のAudrey Collins判事は、同月26日に審問をおこなうまでRioの製造を10日間に限り差し止めるという一方的暫定的差止命令を出している(*4)。
RIAAが問題視している背景には、MP3というフォーマット自体が二次録音を防止する仕組みを持っていないという問題がある。MP3が大量に普及すると、音楽産業が大きな打撃を被るとみているのだ。
アナログ録音機器であれば、コピーをかさねるたびに音質が悪くなる。ところがデジタルだとコピーによる音質の劣化はない。そこで、米国のオーディオ・ホーム・レコーディング法(Audio Home Recording Act of 1992 :AHRA)(*5)は、デジタル録音機器に対し、二次録音防止装置(SCMS : Serial Copyright Management System)の装着を義務づけている。RIAAは、Rio はこれを装着していないので違反しているとして、販売差し止めを求めたのだ。RIAAは、この裁判は、アーティストや独立系の音楽レーベル、MP3フォーマットを使用する人々に対して提起されたのではなく、AHRAを遵守せずに音楽を複製しようとする特定の機器に対し提起されたものだと主張している。
これに対し、Diamond Multimedia社側は、Rioは直接オーディオファイルを記録するわけではなく、ユーザーのPCのハードディスクに保存済みの音楽を再生する機器であって、内部メモリー上に蓄積された如何なるファイルも、PC以外の装置に保存することはできず、録音機器とは呼べないから、同法に違反しないと主張している。PCに同法は適用されない。しかし、RIAA側は、RIoに付属するソフトウェアを使えば、CDから録音することもできると述べている。
同月26日、審問が実際に開かれ、Diamond Multimedia社は、今後の裁判で出荷中止を言い渡されない限り、自由にMP3再生装置を出荷できることとなった。Collins判事は、RIAAはRioが録音機器である可能性を立証することができなかったので、同法に違反するとは認められないと判示している(*6)。
このような中で、Diamond Multimedia社は、MP3フォーマットのコンテンツ販売等を営むGoodNoise、MP3.com、MusicMatch、Xing Technologyの4社とともに、同月30日、MP3規格の普及を目的とするMP3 Associationを発足させ、同年12月1日には、逆に、反トラスト法等の違反を理由に、Diamond Multimedia社がRIAAに対し損害賠償請求訴訟を提起した(*7)。
1999年1月26日、Linuxファン系のサイトSnowblind に、Rio からPCへのファイルのコピーを可能にするソフトがアップロードされ、物議を醸しだしている。Diamond Multimedia社は、Rio の内部メモリー上に蓄積された如何なるファイルも、PCの他の装置に保存することはできず、録音機器とは呼べないと反論してきたので、その反論の土台が崩れることになるとみられるかもしれないからだ。zdnetはこの事態に対し、「Diamondも判事も,ハッカーの技能を考慮に入れていなかった」という皮肉に満ちた論評を加え報道している(*8)。
4 背景にある問題
RIAA側は、同一の音楽コンテンツがネットで違法な市場から入手できるとすれば、正当なネット配布市場の健全な発展を阻害してしまうという。
こうした中で、米国のLycos社は、 1999年2月1日、自ら「世界最大のMP3検索データベース」と称する検索サイトサービス「MP3 SEARCH」を開始し、論議を呼んだ。
「MP3 SEARCH」の検索結果には違法なMP3ファイルが含まれるのではないかという疑問に対し、同社は、自社の正当性につき「リンクを提供するだけ」であり、「著作権侵害は黙認できないが、非難されるべき相手は著作権侵害ファイルをアップロードしている人達だ」という(*9)。
しかし、MP3.comのCEOマイケル・ロバートソン氏も、「あのサイトの検索結果の95%は違法なファイルだ」と述べているような状況だ。既にRIAAも、違法ファイルのリストをデータベースから削除するようLycos社に対し要請し、その結果、Lycos社は、RIAAと協力態勢を組み、違法サイトにリンクしないよう措置をとると述べるに至っている(*10)。
このように、MP3支持派は、著作権違反の音楽について配布を承認しているわけではないと主張する。むしろ、音楽の配布をコントロールしてきた巨大レーベルが、アーティストとファンとが直接結びつくのに脅威を感じ、音楽配布システムへのコントロールを維持しようとしているというのだ。
インターネットは、無名アーティストにとって、有名になる可能性を手にすることができる理想的なマーケティングの場だ。MP3を使えば、これまでのようにレコード会社に頼ることなく、簡単に世界に対し自分達の音楽を大量に配布することができる。
MP3.comのCEOマイケル・ロバートソン氏は、「既存の流通経路以外で音楽制作をする自由が得られるかどうかだ」と述べている(*11)。つまり、その背景には、音楽などの著作物に関する管理についての閉塞的な状況が横たわっている。日本でも、(社)日本パーソナルコンピュータソフトウェア協会が、「コンテンツ市場の活性化のためには、仲介業務を自由競争にし、権利者及び利用者の選択肢を増やすべき! 」という提言を行ったことがある(*12)。
それに、流通コストも要しないので消費者に安い価格で音楽を提供できる。いわゆる「ノンパッケージ」流通だ。
これは音楽の流通経路を根底から変化させる可能性を秘めている(*13)。
流通業者としてアーティストと消費者との中間に位置するレーベルとしては、「ノンパッケージ」流通によって、印刷業者等のパッケージ関連業者に支払ってきた経費をカットすることができれば、その分はプラスに働く。
しかし、アーティストと消費者とが直接結びついて、最終的にレーベル自身が流通の舞台からカットされてしまえば、その存在価値がなくなってしまい、困ることになりかねない。だから、ネット上でもレーベル自身が音楽流通のパイプを握りたいという気持ちを持っているのは立場上当然であろう。
他方、前述のとおり、無名アーティストにとって、ネットは自らを売り出す有用な舞台である。しかし、実際にはネット上では多数の違法コピーが配布されているのも事実だ。ひとたび有名になってしまえば、今度は自ら海賊版の出現に悩まされることになる。
5 RIAAのSDMI
RIAAは、IBMなどのコンピュータ業界大手企業とともに、1998年12月15日、「安全なデジタル音楽計画(SDMI: Secure Digital Music Initiative)」を発表し、ハイテク業界及び音楽業界に、1999年中に、音楽のオンライン配布のために、不正コピーから保護するためのセキュリティー機能の付いた仕様を開発すべく規格検討委員会を発足するよう求めた。
RIAAの代表者ヒラリー・ローゼン氏は、SDMIによって、テクノロジーと抗争することなく著作権保護の要請をみたすことができるという。Diamond Multimedia社も、これを支持することを明らかにしている(*14)。
このSDMIは、前述した問題に対するひとつの回答であろう。保護機能のないMP3と違って、不正コピーからの保護機能を持つ予定だからだ。
しかし、インターネット音楽配信で著名なGoodNoise社の代表ボブ・コーン氏は、既に消費者は現在の保護機能のないMP3を最高のフォーマットとして選択しているので、SDMIは消費者を不便にするだけだと言う。彼はカーステレオや家庭内の他のコンピューターで聞くためのファイル・コピーに対しても制限が課されると予想しているからだ。同社のスティーヴ・グレイディ氏も、インターネットのユーザーの柔軟性と音楽の使用を限定するようなシステムは、ユーザーから受け入れられないと述べている。
また、音楽配信への参入が遅きに失したので、SDMIは「幻の仕様」になると予測する人もいる。
それに、近い将来SDMIが完成しても、SDMIに対応しないフォーマットが残ることは明らかであり、それらについてはなお依然として保護機能がないままの状態になる。
いずれにしても、RIoに対し今後どのような判断が下されようとも、今後も MP3のような新たなデジタル音楽用圧縮フォーマットが生み出され続けていき、これをめぐって新たなハードウェアやソフトウェア技術が出現していくことは、誰にも止めることができない流れなのである。
このような流通チャンネルの変化により、今後の音楽流通のあり方が問われようとしているのは事実なのだ。
SDMIが発表されると、関連するコンピュータ分野の有力メーカーが、SDMIの支持を取り付けようと躍起になりはじめた。1999年2月になると、SDMI実用化計画の主導的地位に立つIBM.が、「Electronic Music Management System(EMMS)」という名称で、音楽配信システムを公開した。EMMSには、暗号化、電子透かし技術、ユーザーによるコピー回数管理技術といった著作権保護技術が含まれている。IBMは大手レーベル5社と協力して「マディソン計画」の名称でテストを行うという(*15)。
しかし、この計画に対しMP3.comのマイケル・ロバートソン氏は懐疑的だ。完全なコントロールは柔軟性を失わせユーザーを逃がしてしまう、ネットはユーザーを変えたので1つのフォーマットを消費者に無理に使用させる時代は終了したという(*16)。
同年3月になって米国における音楽商品購入動向の年次報告が公表されると、低年齢層のCDなどに関する購入額が落ち込んでいるという事実が明らかになった。低年齢層は音楽市場の中心だ。RIAAは、インターネット上に存在する違法MP3ファイルがその一因になった可能性があると主張している(*17)。
しかし、このような主張は、短絡的で裏付けに欠けており、パソコンは消費者の娯楽すべてに影響を与えつつあるので、むしろ業界はデジタル娯楽配信のビジネスモデル構築に向かうべきだ、ダウンロード需要が大きな音楽を消費者が望む形で提供しないことこそが、海賊行為の最大の原因だとする意見も強い。
Microsoft
は、本領域でのイニチアティブを握るために、1999年4月13日、インターネット経由のWindows2000組込コンテンツ配信システム「Windows Media Technologies 4.0」のベータ版を公開した。その中でMP3よりも軽量で高音質の著作権保護機能付き独自フォーマットを推進している。しかし、SDMIを推進中の米5大レーベルは、Microsoftの動向に対する支持は否定的だ。このような
Microsoftの動向に対抗するために、IBMは、その数日前である4月11日、まずRealNetworks社と提携し、同社のソフトRealSystem G2にEMMSを組み込んでインターネット経由のリアルタイム配信に対応させる計画を明らかにした。さらに、同月
15日、とソニーとの提携を発表し、デジタル音楽コンテンツの配信に関する技術開発で協力すると発表している。EMMSに基づく音楽コンテンツを、ソニーの「OpenMG(仮称)」搭載パソコンや、「MagicGate(仮称)」搭載の携帯機器に対応させようというのだ。 同月には、米ルーセント・テクノロジーズ、米イーデジタル(e.Digital)、米テキサス・インスツルメンツの3社は、MP3よりも確実な著作権保護を提供するため、SDMIに準拠した携帯型製品を共同開発していることを公表した(*18)。 AT&Tも、同月13日にMP3対抗のa2bプレーヤーのバージョン2を発表している。他方、Diamond Multimedia社は、インタートラストと提携して、同社の著作権管理ソフト「digital rights management:DRM」を、Diamond Multimedia社の新たなMP3機器「RioPort」に組み込む予定であり、このソフトは「超流通」のコンセプトに基づいているという(*19)。
このように、合従連衡は激しさを増しているのだ。
RIAAは、この月、違法複製について注意を促しつつ、サイト上にサンプルMP3ファイルを公開し、MP3への支持を表明した。その中でRIAAは、著作権保護技術付きの新たな音楽フォーマットを使った音楽配信システムが開発中であり、まもなくリスナーは手軽にオンラインで音楽を楽むことができるようになるので、それまでは、このページで公開している音楽を楽しんで欲しいとしている。
6 Rio 裁判のその後
RIAAがRioの販売差止を求めていた裁判紛争について、1999年6月15日、サンフランシスコの第9巡回区連邦控訴裁判所は、Rio には著作権法違反は認められないという判断を下した(*20)。
Rioが録音機器にあたるとは認められないとしたのだ。
同年8月には、RIAAとDiamond Multimedia社とは、裁判を取り下ることを合意し、ここに双方の紛争は一応は解決するに至っている(*21)。
他方、7月13日になって、ようやくSDMIの規格が公表された(*22)。
しかしSDMIのハードへの実装は任意に委ねられており、また、SDMIに用いられる識別子はIntelのプロセッサシリアル番号を彷彿させるとして、プライバシー侵害に対する懸念を表明する人もいる (*23) 。通常の音楽CDを家庭でコピーすることまで制限するものだという非難の声もある(*24)。
さまざまな問題を背景に、GoodNoiseのEMusic社Bob Kohn会長は、標準戦争は既に終わっており、SDMIは1年で消滅するという(*25)。
自分の将来が予測できないのと同様に、このトライアルが成功するかどうかは、誰にも分からない。しかし、SDMIという名のサイが既に投げらてしまったことだけは事実なのだ。
7 RIAA対MP3コム
デジタル・ミレニアムの到来後も、MP3をめぐる紛争が続いている。2000年1月21日、RIAAが、米MP3コム社に対する訴えをニューヨーク南部地区の連邦地方裁判所に提起した。MP3コム社が発表した新サービスを問題視したのだ。
このサービス「インスタント・リスニング・サービス」(Instant Listening Service)は、同社と提携のオンラインCD販売店から新しいCDを購入すると、現物配送前でもすぐに「マイMP3コム」(My.MP3.com)にアクセスして、購入したCDのMP3バージョンをストリーミング配信で聴けるというものだ。
今回の訴訟では、RIAAは同サービスがCDの無断複製にあたるとして、こうしたサービスに対する差し止めと損害賠償を請求している。
しかし訴訟提起に先立ち、MP3コム社のマイケル・ロバートソンCEOは、ユーザーは音楽をストリーミングで聴けても、ハードディスクにダウンロードできないので、違法複製を作ることができないと主張していた。RIAAのローゼン会長は、ロバートソンCEOに書簡を送ったが、話し合いを拒否したので訴えを提起したという。この書簡はインターネット上で公開されている。
同年4月、裁判所は「マイMP3コム」が著作権法違反であるとの判断を下し、その後和解交渉が続けられている。
8 ナップスター
新たに登場したRIAAに対する脅威は、インターネット上での音楽交換ソフト「ナップスター」(Napster)だ。
このソフトを使えば、ユーザーは同社が設置したインターネットサーバ経由で接続することによって、自分のハードディスクの一部を公開して自分が保存しているMP3ファイルを他のユーザーと共有したり、他のユーザーがナップスターを使って公開しているMP3ファイルを自由にダウンロードすることができる。
1999年12月6日(米国時間)、まずRIAA傘下のレーベル十数社が集団でカリフォルニア北部地区の連邦地裁にナップスターを訴えた。ナップスターで交換されているファイルの多くは海賊版であって、ユーザーによる著作権侵害行為にナップスターが助長し侵害に寄与しているなどとしている。「寄与侵害責任」(contributory infringement)と「代位責任」(vicarious liability)とが中心であり、他にカリフォルニア民法980条(a)(2)と不正競争法(unfair competition)違反も主張されている。
2000年1月7日に、Jerry Leiber、Mike StollerとFrank Music社は、Napster社と旧CEOEileen Richardsonに対して、同じように境遇にあると考えられる音楽出版社(「音楽出版社原告」)を代表して、著作権違反の寄与侵害責任及び代位責任を理由に、訴を提起した。
これらに続き、ヘビメタバンドのメタリカ(Metallica)も、2000年4月13日、米ナップスター社と3つの大学をカリフォルニア州の連邦地裁に訴えた。
訴えられた大学は、エール大学、南カリフォルニア大学(USC)、インディアナ大学だ。訴状によれば、ナップスターは大規模な海賊行為に基づくビジネスを構築し、容易にブロックできるはずの大学がこれを助長したとメタリカ側は主張している。訴えを受けたエール大学は学内からナップスターへのアクセスを禁止し、インディアナ大学も、アクセス禁止後に一旦はアクセスを認めたが再びアクセスを禁止した。南カリフォルニア大学も使用できるコンピュータ制限措置を執り、これらの大学への訴えは取り下げられた。
仮にナップスターを使った著作権侵害行為が存在するとしても、それは個々のユーザーの行為にすぎず、ナップスター自体が侵害行為を行っているわけでなければ、ナップスターのサーバで海賊版ファイルを保管しているわけでもない。米デジタルミレニアム著作権法(DMCA:Digital Millennium Copyright Act)では、インターネット接続プロバイダ(ISP)はユーザーが自分のサービスに著作権侵害コンテンツを流しても原則として責任を負わずにすむと規定されているというのが、ナップスター者側の主張だ。
さらにハリウッドの映画会社がソニーを訴えたベータマックス訴訟で米連邦最高裁は、一部ユーザーが違法な使用方法を発見したからといって、技術自体を違法とすることはできないとしている(11)。この考え方に立てば、ナップスターという技術が違法と評価されるとは限らない。
しかしDMCAでは、海賊版被害を受けた権利者側からの排除請求を受けたISPは、対処措置をとる必要がある。そこでメタリカは、自分たちの音楽をオンラインで不正利用したとするユーザー名簿約32万人分を同社に提出し、同社のサービスから排除するよう請求した。これに従い同社は5月初め、これらの「違法ユーザー」に対するアクセスを停止したが、同時に不当に停止されたと判断したユーザーは抗議文(Appeal)を提出できる旨をWebサイトに掲示している。DMCAによれば、提出したユーザーをメタリカが10日以内に訴えなければ、ユーザーへのアクセスは再開されることになっている。この規定に従い「違法ユーザー」約3万人がナップスター利用停止に抗議文を提出した。これに対しメタリカ代理人の弁護士は、ナップスターのユーザーは嘘つきだとコメントしている。それは自分のバンドの音楽ファンには嘘つきが多いということを意味しているのだ。いずれにせよメタリカが受けて立つには、自分のファン約3万人を被告として訴訟を起こさなければならないが、メタリカの弁護士自身も、何万人もの人々を訴えるのは現実的でも経済的でもないことを認めている。
2000年7月26日、RIAA傘下のレーベルが提起した事件について、連邦地方裁判所のMarilyn Patel判事がナップスター社に対し差止めを認める暫定的差止命令を下した。著作権により保護された楽曲、及びRIAAが著作権を有する楽曲一切につき、複製の作成、又は複製を支援もしくは可能にし、あるいは助長することを禁止するという内容だ。この命令に対し、ネット上ではRIAAへの抗議サイトが数多く登場した。
裁判所の判決は、次のような内容だ。
音楽のMP3をダウンロードして、アップロードすることは典型的な営利本位の行為でないが、従来の意味における個人的な利用でもない。しかし、匿名の個人の間でおびただしい規模のNapster使用がされていることから、裁判所はそのNapsterの援助でMP3音楽ファイルをダウンロード・アップロードすることは私的使用でないことを認定する。少なくとも、そのファイルを匿名の依頼者に配布するとき、ファイルを送信しているホスト・ユーザーは個人的な利用をしているとは言い切れない。さらに、Napsterユーザーがそれらが通常買わなければならない何かを無料にするという事実は、それらがNapster使用から経済的な利益を受けることを示唆する。
ソニー事件におけるVCR使用と比べると、第一に「[TV放送]を留守番録画することは、単にビューアーに...無料で提供する作品を見るのを可能にするだけである」が、この訴訟での原告はそれらの音楽に対してたいてい課金する。二番目に、ソニーにおける大多数のVCR購入者は、テープ記録されたテレビ放送を配布せず、単に自宅でそれらを享受するだけだった。対照的に、たとえCDを買うために結局選ぶとしても、ハードディスクに歌のコピーをダウンロードするNapsterユーザーは、その歌を他の何百万もの個人に入手可能にする可能性がある。Napsterのいわゆる試聴は、ねずみ算式の増加率で速く無権限の配布を容易にする可能性がある。
ナップスター社は翌日控訴し、命令の発効まで数時間を残すのみとなった同月28日、第9巡回区連邦控訴裁判所は、ナップスター社の申立に基づき、差止命令の発行を延期することを認めた。
2001年2月12日、第9巡回区連邦控訴裁判所は控訴審判決を下した。
地裁判決の一部を維持する一方、一部を取り消して、事件を連邦地裁に差し戻すというのだ。
控訴審判決は次のとおり判示する。第1に、本判決はナップスター・ユーザーによる原告らの著作物に対する直接侵害責任を認めた。ナップスター側は、こうしたユーザーの行為は米国著作権法107条の公正使用(fair use)に該当すると主張した。その理由として、ソニー・ベータマックス訴訟連邦最高裁判決 では、ユーザーが著作物をホームビデオカセットレコーダーに録画する行為は閲覧時間を「タイムシフト」するものとして著作権侵害性が否定されたことと同様に、本件では、すでにユーザーが音楽CD形式で所有している録音物にナップスターを介してアクセスするという「空間シフト」を図っているだけである等の点を主張した。しかし控訴裁判所は、ソニーのケースでは、シフトの方法として著作物の公衆への複製が同時に行われないこと、ナップスターにリストされた楽曲はオリジナルCDの所有者だけではなく他の何百万の個人が入手しうる等として、ナップスター社側の主張を退けた。
第2に、ナップスターのユーザーがサーチインデックスにファイル名をアップロードする行為は頒布権の直接侵害責任となり、これを別のユーザーがダウンロードする行為は複製権の直接侵害責任にあたる。ナップスター社は、ユーザーの直接侵害を認識して奨励し支援しているのだから、寄与侵害責任を負う。米国法での使用者責任は事業主と従業員関係にとどまらず、ナップスター社が監督する権利と能力を有し、金銭的利害関係をも有するケースに及ぶが、本件では侵害ファイルを継続的に利用可能なのだから、ナップスター社が金銭的利益を収めているという証明と結合して、ナップスター社がシステムの「領地」を取り締まらなかったことは、使用者責任を導き出している。
しかし、暫定的差止命令の適用範囲は広すぎる。すべての義務をナップスター社に負わせることになるからだ。原告らはシステム上において利用が可能なファイルのナップスターに提供しなければならない。第3に、差止めを認めるべき範囲については、ナップスター上で利用可能な著作物及びそうした作品が入れられたファイル名を原告らがナップスターに対し事前に通知すべき義務があり、この義務が履行された後にナップスターは侵害コンテンツへのアクセスを不能にする義務を負うとして、無限定に差止め請求を認めた原新判断を一部破棄した。
これを受けて地裁の差戻審では、2001年3月、原告らは作品のタイトル、アーティスト名、ナップスターシステム上で利用できるファイル名をナップスターに事前に通知するものとする条件付きの暫定的差止め命令が認められた。さらに同年7月、完全に遮断できるまでサービス停止を続けるよう、改めて法廷で命じられた。これにより停止状態に追い込まれたナップスターは、著作権侵害コンテンツをブロックするための技術を講じようとしたがかなわず、また、原告らが和解を強く拒絶したこともあり、ネット上から姿を消した。これに先立ち、同じく訴えられていたスカウワ(Scour)も、2000年10月、「チャプター・イレブン」(合衆国法典中の破産法の章)の適用を申請して破産に追い込まれている。
9 ポスト・ナップスター
ナップスター方式と並んで注目されてきたもう一つの類型のファイル交換技術は、「グヌーテラ(Gnutella)」だった。世界最大のインターネット接続プロバイダ「AOL(America Online)」のスタッフによって2000年3月に誕生した。
ナップスターと異なり、グヌーテラはサービス提供に中央サーバを要しない完全分散型システムだ。しかもオープンソースだから、グヌーテラのプログラム頒布元が頒布を中止しても、ソースコードを入手している第三者の手で、コードの改訂及び頒布作業が続けられる可能性がある。しかしユーザー数が増加するほどネットワークのトラフィックに慢性的な渋滞が生じ、操作が難しいこともあってナップスターほどの人気が得られず、あえてRIAAから訴訟の対象とされることはなかった。
こうしてナップスターが破綻し、残されたグヌーテラも実用性に乏しい状態の中で、ポスト・ナップスター世代の新興勢力が台頭してきた。西インド諸島に拠点を置くグロクスター社(Grokster, Ltd.)が提供する「グロクスター」、米国のミュージックシティ・ネットワーク社(MusicCity Networks, Inc.)が提供する「モーフェス(Morpheus)」など第2世代のファイル交換サービスなどだ。
これらのサービスは、オランダ企業・ファストトラック社(FastTrack)が開発したファイル交換技術のライセンスを受けて運用され、同社CEO(最高経営責任者)はファイル交換サービス「カザー(Kazaa)」の管理も担当してきた。したがって、これら3社のプラットフォームは実質的に同一で互換性を有し、一つの巨大なファイル交換ネットワークを形成してきた。
以上の3社が実施してきたサービスは、グヌーテラと同様の完全分散型であって、専用の中央サーバを置く必要はないとされ、3社のサービス内容はファイル交換用ソフトをダウンロード形式で配布して提供するものだったが、初期のグヌーテラと異なりトラフィックが早く、実用性が認められて人気を呼んできた。なおミュージックシティ社は後に商号をストリームキャスト・ネットワーク社(StreamCast Networks, Inc.)へと変更し、さらに2002年3月には、ファストトラック・ベースのネットワークから、バージョンアップによりトラフィックの改善されたグヌーテラ・ベースのネットワークへと移行している。
3社のサービスを放置できないと判断した米国の音楽レーベルは、2001年10月、ハリウッドの映画会社と共同で3社を訴えた 。プログラムの頒布行為に対し寄与侵害及び代位侵害の双方に関する責任を追及する内容のものだった。
こうして、MP3をめぐる法律紛争は、なおも終わることなく深刻化しつつ続いていく。