頒布権をめぐる法的議論について
−いわゆる中古ソフト販売問題を中心として
岡 村 久 道
(初稿 98/06/14 最終更新 03/04/17)
(C) copyright Hisamichi Okamura,1998, All rights reserved.
1 「中古ソフト」問題が世間を騒がせている。
この問題は、公正取引委員会が株式会社ソニー・コンピュータエンタテインメントに対しておこなった独占禁止法違反事件の中に、「PSソフトの中古品の取扱いの制限」に関する不公正な取引方法違反容疑が含まれていたことに端を発している。公正取引委員会が1998年(平成10年)1月20日におこなった排除勧告は、「小売業者は同ソフトの中古品を取り扱わず、卸売業者は取引先の小売業者に同ソフトの中古品を取り扱わせないこと」を「要請し、これを守らせている行為を取りやめること」を含んだ排除措置の内容となっている。この勧告は不応諾となったため、同年2月6日、同社に対する審判開始決定がおこなわれている。
2 この独占禁止法違反事件と直接関連するかどうかはともかくとしても、同社を含め大手ゲームソフトメーカー等は、中古ソフトの販売業者に対し、中古品販売は違法であると主張し、訴訟問題に発展している。
すなわち、(社)コンピュ−タエンタ−テインメントソフトウェア協会(CESA)は、「『ゲームソフト』が有する知的財産権について」lを公表して、激しい「違法中古ソフト撲滅キャンペーン」を開始した。
この文書の中で、同協会は、その法的根拠につき、次のとおり主張している。
(1) 中古ビデオの販売に関しても映画の著作物に関する頒布権の規定が適用される。
(2) ビデオゲーム「パックマン」に関する東京地判平成6年1月31日(判例タイムズ867号280頁)等いくつかの判例も前記規定の適用を認めている。
(3) 文化庁著作権課では「『映画の著作物』に該当するゲームソフトには、頒布権が存在する」との見解を明らかにしている。
3 さらに、同協会は、「無許諾の中古ソフト売買廃止に向けて『違法中古ソフト撲滅キャンペーン』を実施」という文書の中で、著作権法に関し前記解釈を踏襲することを明らかにした上、次のとおり実質論を展開している。
(1) 市場では膨大な数の中古ソフトが販売されているが、ゲームソフトメーカーは何らの還元も受けていない。
(2) このままではゲームソフトメーカーは開発資金が回収できず経営基盤が揺らいで新作ゲームソフトの開発に支障をきたすので、無許諾の中古ソフト売買が、新作タイトルの開発・制作・供給を、加えてゲーム業界の健全な発展を著しく阻害している。
4 これに対し、ゲームソフトの販売団体であるテレビゲームソフトウェア流通協会(ARTS)は、「99年1月中古禁止法施行?」(平成9年1月)という文書を公表して、「ゲームリサイクル禁止法に反対します!」というキャンペーンを張った。
5 これも時代なのであろうか、本問題については、次第に議論の場はサイバースペースへと移行していった。すなわち、法律家有志の任意団体である中古ソフト問題研究会も、「中古ソフト問題についての見解」を公表して中古ソフトの販売は適法であるという見解を明らかにして、CESAの前記主張に対し反対している。(これに対する反論として久保田裕「中古ソフトの流通問題を問う」(1998年4月6日)参照)
中古ソフト問題研究会(ACCS)の意見を支持する論考「ビデオ・ゲームの中古販売と著作権法」の立論を加えて整理すると、中古ソフト販売を適法とする見解の現時点における根拠は、次のとおり整理することができよう。
(1) 前記平成6年判決や、やはりパックマン事件に関する東京地判昭和59年9月28日(判例タイムズ867号280頁)は、あくまで地方裁判所レベルのものであり、最高裁判例は出ていないから、如何なる意味でも前記各判例は裁判所を拘束するものではない。
(2) 上記昭和59年判例は、公衆が出入りする店舗に無断複製ビデオゲーム機を設置して上映した事案に関するものであり、個人使用目的のゲームソフトの中古販売まで禁止する趣旨と解するのは行き過ぎである。
(3) 映画の頒布権に関する規定は、もともと劇場用映画フィルムを想定して制定されたものであるから、ゲームソフトを劇場用映画フィルムと全く同様に扱うべきか疑問がある。
(4) 映画の著作物についてのみ頒布権が定められた理由は、劇場用映画の流通形態の特殊性に基づく。つまり、劇場用映画の場合、プリントフィルムの複製物を売却してしまうことなく各劇場に一定期間貸与して上映させ、上映の度ごとに劇場から金員を徴収して投下資本回収を図り、期間が過ぎるとこれを回収してまた別の劇場に貸与するという配給制度が採用されている。この制度を条文化したのが著作権法26条の「頒布権」である。このような趣旨から、 頒布権の客体となる「映画の著作物……の複製物」は劇場用映画の配給用プリントフィルムに限るという見解も有力であり、この立場からはゲームソフトは映画の著作物に該当しないことになる。法文上かかる限定がないことから「101匹ワンチャン事件」に関する東京地判平成6年7月1日(判例タイムズ854号93頁)は、かかる限定を加えなかったが、むしろ限定的に解釈することが起草者意思に合致する。
(5) 「映画の著作物」に該当するためには「物に固定されている」ことが明文で要件とされている(著作権法2条3項)。「映画の著作物」における「表現」は、あくまで「連続的な影像(または影像+音声)」であって、個々的な影像や個々的な音声ではないから、「映画の著作物」が「物に固定されている」というためには、「影像(または+音声)の連続」がそのまま一定の「物」に結びついている必要があり、現に劇場用映画もテレビ番組や市販のビデオ・カセットもそうなっている。このようになっているからこそ、著作者が創作した連続影像がそのまま上映され、人々の目に触れるのである。パックマンの場合、「パックマンとモンスターとの追いつ追われつのスリリングな追跡劇」に関する表現は「ゲームがスタートしてからゲームオーバーになるまでの一連の影像」ということになるはずであるが、この意味での「連続した影像」は一義的には定まっておらず、「同一性」を保ちようがなく再現も事実上不可能であるから、「映画の著作物」の「連続した影像」は、いまだ「物に固定されていない」ことになる。
(6) この点、上記2つの判例は、プログラム(データ群)とプログラム(命令群)がROMに記憶されていれば、プレイヤー新たな絵柄・文字等を新たに描いたりすることは不可能であるから、パックマンの影像はROMに固定されているとする。しかし、かく解すると、電子ピアノでも、プログラム(データ群)とプログラム(命令群)がROMに記憶され、プレイヤーが新たな音色を再現することは不可能であり、プレイヤーの鍵盤操作は単にプログラム(データ群)中のデータの抽出順序に有限の変化を与えるに過ぎないという理由で、その電子ピアノで演奏されうる音が「固定」されていることになる。その結果、電子ピアノで演奏される全ての音楽が「レコード」にあたることになり、電子ピアノで演奏される全ての音楽につき電子ピアノメーカーにレコード製作者としての地位が付与され著作隣接権が与えられるという非常識な結果を招く。
(7) 仮に上記2つの判例に従いゲームソフト中に「映画の著作物」に該当するものがあると解したとしても、必ずしもすべてのゲームソフトが「映画の著作物」に該当するとは限らない。
(8) 米国のファーストセール・ドクトリン法理にみられるように、多くの国で「頒布権」に消尽(用尽)による制限を認め、最初の適法な販売後は頒布権は及ばないとされている。
(9) 仮にビデオゲームに頒布権が認められるとしても消尽(用尽)を認めるべきである。特許の領域で消尽(用尽)が認められる主要な理由は、もしこれを認めないと、特許制品の流通を阻害するとともに、特許権者に利益の二重取りを認めることになり不当であるという点にある。ビデオゲームについても消尽(用尽)を認めなければ流通を阻害し、中古ソフトは廃棄以外に処分方法がなくなり非常に無駄である。そのようにしてまで、ゲームメーカーに著作権の対価につき二重、三重取りを認める必要はない。ゲームソフトの購買層は中古での売却が可能であるからこそ高価な新品ソフトを購入することが可能になり、他方でゲームメーカーは中古販売を考慮して価格設定することができる。
6 中古ソフト問題研究会の前記見解に対しては、(社)コンピュータソフトウェア著作権協会の久保田裕専務理事が、「中古ソフトの流通問題を問う」(1998年4月6日)を公表し、その中で次のように反論している。
(1) 中古ソフト販売は疑似レンタルの一態様として出現し、警察の摘発により純然たる中古ソフト販売へと移行せざる得なくなったものであり、現在でもグレイゾーンのものを含んでいること。
(2) ソフトは劣化せずコピーが容易という特性を有しているので、中古品と新品とは機能面で差異がないから、開発コストの負担を要する新品は、中古品販売により同一市場で競合することになるので競争力を失うこと。
(3) 動画を伴ったゲームソフトが映画の著作物であることは、2つのパックマン事件、ドラゴンクエストII事件、ディグダグ事件、ドンキーコング・ジュニア事件の5つの判決例がある。
(4) ゲームソフトは、ユーザーにとってゲームの所有ではなく利用に経済的価値があるから、ユーザーによる利用の対価として価格設定された商品であり、この点で映画と同様である。映画は1回の上映の鑑賞等に対価が発生し、ゲームソフトは1ユーザーによるゲーム鑑賞につき1対価として開発コストが評価されている。映画の著作物に頒布権が付与されたのは、製作のための多額の投下資本回収ができるようにして新たな映画製作を可能にするためであるから、ゲームソフトは映画同様保護を要する特性を有している。
(5) 日本の著作権法には頒布権の消尽に関する規定は置かれていないし、映画の著作物には貸与権がないので、仮に頒布権に消尽を認めると、レンタルできなくなってしまうという不合理な結論を招く。
(6) ネットワークで供給されたデジタルコンテンツがユーザーにより再送信されれば、公衆送信権が働くのに対し、CDロム等に格納されて中古ソフトとして流通すれば著作権者の権利が及ばないとすれば、流通方法の違いによって著作権者の権利に違いが生じることになり矛盾する。7 以上で見た限りでは、現行法上の問題は、ゲームソフトが映画の著作権に該当するという主張を前提に頒布権を及ぼすという解釈が、妥当か否かということであろう。
筆者としては、ここで両説の当否を明らかにするものではないが、取りあえず次の点が重要であると思われるから、簡単に指摘しておきたい。
すなわち、96年12月に成立したWIPO新著作権条約では、その中のArticle 6 (1)において、" Authors of literary and artistic works shall enjoy the exclusive right of authorizing the making available to the public of the original and copies of their works through sale or other transfer of ownership."として、一般的頒布権が認められている。
したがって、近い将来、日本もこれを批准するために一般的頒布権を認めることを内容とする著作権法改正が必要になるであろう。
ところが、この条約のArticle 6 (2)では、各加盟国は頒布権につき消尽(用尽)を認めることが許されている。つまり、近いうちに著作権法が改正されて一般的頒布権が認められても、同時に消尽(用尽)が認められれば中古ソフト販売に違法性を認める余地はなくなる。他方、消尽(用尽)を認めなければ違法となる。言い換えれば、改正の際に消尽(用尽)を認めるかどうかという今後の立法、すなわち著作権法改正如何により、中古ソフト問題は、どちらにでも転ぶ性格の問題だということである。
その意味では、今回の訴訟は、現行法の解釈としてどちらが正当であるかという点はしばらくおくとしても、前記著作権法改正により立法的に解決するまでの、ほんのしばらくの期間の徒花でしかないことになろう。
経団連産業技術委員会知的財産問題部会は、1998年5月11日、文化庁の吉田著作権課長より説明を聞くとともに懇談をおこない、その際の内容につき「WIPO新著作権条約の批准と一般的頒布権の導入について」と題する文書を公表した。
この中で、文化庁側は、新条約の批准にあたっては、著作権法を改正し、著作物一般について頒布権を認める規定を設けることが必要となるとしたうえ、権利の消尽については、第一頒布で権利が消尽することになる考え方が世界的に主流であると説明している。筆者が知る限りでは、そのとおりであり、誰しも異論を唱えることはできないであろう。
さらに、経団連側が、一般的な頒布権導入についての国内でのニーズは高くなく、頒布権導入に当たって、第一頒布で国際消尽することにすれば、現状とそれほど変わらないのかと聞いている。これに対し、文化庁側は、「変わらない。問題は、例えば中古販売等の再譲渡についても頒布権を行使したいというニーズがどれだけあるかだ。もう1つの問題は、映画等の著作物の頒布権の範囲を、他の著作物とのバランスをとりながらどこまで認めるかである。」と答えている。
この言葉が、本問題に関する現状すべてを物語っているように感じるのは筆者だけなのであろうか。著作権の性格上、すべての答えは国際的なハーモナイゼーションの要請なのである。
8 一連の訴訟について
本問題は、前述のとおり大阪地裁と東京地裁とに対し訴訟が提起されるという事態に発展しており、筆者も中古ソフト販売店側の代理人のひとりとして名前を連ねるに至った。
これらの訴訟については、テレビゲームソフトウェア流通協会(ARTS)のウェブ上に、訴状、答弁書、準備書面などが掲載されている。
大阪訴訟につき
東京訴訟につき
東京訴訟については、1999年5月27日、次のとおり既に判決が出されており、中古ソフト販売店側が勝訴し、現在は控訴中である。
9 追記
文化庁「著作権審議会第1小委員会審議のまとめ」(平成10年12月)は、次のとおり述べている。
「頒布権の消尽の有無は取引秩序に重大な影響を与えるものであり,現時点では映画の著作物の頒布権について従来の取扱いを変更すべき決定的な理由も見いだしがたいところから,消尽の規定を置かず,現行の規定を維持することとするのが適当である。なお,ゲームソフトの映像については,映画の効果に類似した視覚的又は視聴覚的効果を有するものが増加する傾向にあり,これを映画の著作物に該当するとの判断を示した裁判例も存在することから,その解釈に委ねることとし,現時点では,ゲームソフトについて特段の対応をする必要がないものと考える。」
上記からも明らかであるとおり、国際的なハーモナイゼーションの要請に従えば結論は決まっているにもかかわらず、これを逃げているものとしか思われない。
以 上
<関連するウェブ上の論考等>
本文中に引用したものの他に
寺本振透「知的財産権と独禁法との??な関係」(その2)
寺本振透「知的財産権と独禁法との??な関係」(その3)
寺本振透「知的財産権と独禁法との??な関係」(その4)荒竹純一「ゲームソフトの中古市場 」
赤尾晃一「ゲームの中古売買と著作権法」田中一実「中古ゲーム・ソフトの自由流通は合法 -- 東京地裁」
中野潔「ゲームソフトに映画の頒布権の概念を持ち込むのは無理 」