「著作物性 - 著作権法による保護の客体」 岡村久道
7 編集著作物
(1) 編集著作物とは
著作権法12条1項は、編集著作物につき、「編集物(データベースに該当するものを除く。以下同じ。)でその素材の選択又は配列によって創作性を有するものは、著作物として保護する。」と規定する。
なお、同項で除外されたデータベースの著作物は、2条1項10号の2で「論文、数値、図形その他の情報の集合物であって、それらの情報を電子計算機を用いて検索することができるように体系的に構成したものをいう。」と定義され、12条の2第1項で、「データベースでその情報の選択又は体系的な構成によって創作性を有するものは、著作物として保護する。」と規定されている。
(2) 裁判上で編集著作物性が認められたケース
以下は、裁判上で編集著作物性が認められたケースである。
@ 前掲のアメリカ語要語集事件に関する東京高判昭和60年11月14日
3,000前後の標準的なアメリカ語の単語、熟語及び慣用句を使用頻度に従って選び出し、これらを見出し語としてアルファベット順に配列し、各見出し語に続けてその日本語訳を付し、その大部分のものについて見出し語を用いた慣用句及び文例並びにこれらの日本語訳を付した「アメリカ語要語集」と題する英和辞典は、語句及び文例の選択及び配列に創意を凝らして創作されたものとして、編集著作物に当たるとする。
A 名古屋地判昭和62年3月18日判時1256号90頁(用字苑事件)
著作権法12条1項の規定は「素材が単なる事実、データ等であっても、その収集、分類、選択、配列が編集者の一定の方針あるいは目的のもとに行なわれ、そこに独創性を見いだすことができれば、全体を著作物として扱う旨を明らかにしている」ところ、現代において使用されている漢字をその読み仮名を付して収録した辞典(用字苑)は、編集著作物に当たると認められる」。
B 東京高判平成6年10月27日判時1524号118頁
編集著作権の成立を米国新聞社の発行する英字新聞の紙面について認めた上、右新聞の記事等の核心的事項を抄訳したもの等を配列した文書につき、対応する特定日付けの右新聞の翻案に当たり、その文書の作成、頒布は右新聞の編集著作権を侵害するものであるとされた事例
C 東京高判平成7年1月31日判時1525号150頁
文章と写真の組合せからなる会社案内について、編集著作権の侵害が認められた。
D 大阪地判平成7年3月28日知裁集27巻1号210頁
商品の写真等を掲載した商品カタログにつき、個々の写真に示された商品を印象づけることを意図して製作されたものであり、ストーリー性を持った読み物とまではいうことができないから、全体として一個の著作物ということはできないが、その素材の選択、配列によって創作性を有するものであるとして、編集著作物に当たるとされた。
(3) 編集著作物として保護されるための要件
以上の判例を前提に、敢えて大まかに言うと、編集著作物として保護されるための要件は、次のとおりとなる。
@ 素材は単なる事実、データ等であっても良い。
A 独自の一定の目的、方針に従い素材の選択、配列を確定したものである必要。
(4) 編集著作権の帰属
最三小判平成5年3月30日判時1461号3頁(智惠子抄事件上告審判決)
「本件編集著作物である『智惠子抄』は、詩人である高村光太郎が既に公表した自らの著作に係る詩を始めとして、同人著作の詩、短歌及び散文を収録したものであって、その生存中、その承諾の下に出版されたものである・・・。そうすると、仮に光太郎以外の者が『智惠子抄』の編集に関与した事実があるとしても、格別の事情の存しない限り、光太郎自らもその編集に携わった事実が推認されるものであり、したがって、その編集著作権が、光太郎以外の編集に関与した者に帰属するのは、極めて限られた場合にしか想定されない」。
原審の事実認定によれば「光太郎自ら『智惠子抄』の詩等の選択、配列を確定したものであり、同人がその編集をしたことを裏付けるものであって、沢田が光太郎の著作の一部を集めたとしても、それは、編集著作の観点からすると、企画案ないし構想の域にとどまるにすぎない・・・。原審が適法に確定したその余の事実関係をもってしても、沢田が『智惠子抄』を編集したものということはできず、『智惠子抄』を編集したのは光太郎であるといわざるを得ない。したがって、その編集著作権は光太郎に帰属したものであ」る。
8 新聞記事の著作物性
(1) 東京地判平成5年8月30日知裁集25巻2号380頁(ウォール・ストリート・ジャーナル事件)
米国新聞社発行の英字日刊新聞「THE WALL STREETJOURNAL」の紙面について、編集著作権の成立を認めた。
(2) 東京地判平成6年2月18日知裁集26巻1号114頁・判時1486号110頁(コムライン事件)
個々の新聞記事に著作物性を認め、次のとおり判示する。
「客観的な事実を素材とする新聞記事であっても、収集した素材の中からの記事に盛り込む事項の選択と、その配列、組み立て、その文章表現の技法は多様な選択、構成、表現が可能であり、新聞記事の著作者は、収集した素材の中から、一定の観点と判断基準に基づいて、記事に盛り込む事項を選択し、構成、表現するのであり、著作物といいうる程の内容を含む記事であれば直接の文章表現上は客観的報道であっても、選択された素材の内容、量、構成等により、少なくともその記事の主題についての、著作者の賞賛、好意、批判、断罪、情報価値等に対する評価等の思想、感情が表現されているものというべきである。」
(3) まとめ
新聞記事については、個々の新聞記事に著作物性が認められる場合や、紙面について編集著作権の成立が認められる場合があり、その意味では重畳的な保護が認められる。