「著作権侵害訴訟の実務」　　岡村　久道

　�[　被告の対応　−　認否と抗弁

１　総　　 説

　提起された著作権侵害訴訟を被告が争う方法としては、まず原告が主張した請求原因を否認し、これを原告に立証させるという方法がある。その具体例は既に述べた。

　次に、被告としては抗弁事由を主張・立証して争う方法もある。

　具体的には、保護期間（51条ないし57条）の終了や、譲渡などによって原告が著作権を喪失したこと、著作権法第5款（30条ないし50条）が定める「著作権の制限」に該当するので当該著作物を被告が自由に利用できる場合に該当すること、被告が利用許諾（63条）や出版権の設定（79条）を受けていること、裁定による利用が許されている場合に該当すること（67条ないし70条）などを基礎付ける事実が抗弁事由となる。

　以下では、比較的よく問題とされる抗弁事由について解説する。

２　正当な引用

　32条1項は、公表された著作物につき引用して利用することを認めており、正当な引用に該当するとして争われる場合が少なくない。

　同条では、その引用が公正な慣行に合致するものであること、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならないことが要件とされており、この要件につき、前掲のパロディ写真事件最高裁判決は次のとおり説く。

旧著作権法30条1項第2（現行法32条1項）にいう「引用にあたるというためには、引用を含む著作物の表現形式上、引用して利用する側の著作物と、引用されて利用される側の著作物とを明瞭に区別して認識することができ、かつ、右両著作物の間に前者が主、後者が従の関係があると認められる場合でなければならないというべきであり、更に」、旧著作権法18条3項の「規定によれば、引用される側の著作物の著作者人格権を侵害するような態様でする引用は許されない」。

　要するに、�@明瞭区別性、�A主従関係、�B著作者人格権を侵害する態様か否かという点が要件とされている。

　次に、引用の際には48条により著者名等に関する出所明示義務が要求されている。

　この出所明示の内容と程度については、一律に決することができないが、一般に著作権物の題号及び著作者名の表示が最小限必要であると解されている（*16）。

３　やむを得ない改変 　

　20条2項は、「著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変」（同項4号）などに該当する場合は同一性保持権侵害に該当しないとしているので、この規定を根拠に被告が争う場合も少なくない。
　同号への該当性が争われた判例として、・・・・

�@　映画がビデオ化及びテレビ放送される際における画面のトリミングが問題となった東京地判平成7年7月31日判時1543号161頁、

�A　大学懸賞論文受賞作の学内誌への掲載に際して、著作者に無断で送り仮名の変更等を改変したことが、「やむを得ないと認められる改変」に当たらないとした東京高判平成3年12月19日知裁集23巻3号823頁（法政大学懸賞論文事件）

・・・・などがある

４　権利濫用

　珍しいケースとして、原告の著作権侵害の主張が権利濫用に該当し許されないとした東京地判平成8年2月23日判時1561号123頁がある。

　この判決は、漫画家である原告が、自ら事前に2回にわたり、皇族の似顔絵や皇族を連想させるセリフ等の表現を用いないことを合意しておきながら、締切を大幅に経過し、製版業者への原画持込期限のさし迫った時刻になって、ようやく原画を渡し、長時間にわたる修正の要求、説得を拒否し、掲載予定雑誌の編集長を他に取りうる手段がない状態に追い込んだ原告が、このように重大な自己の懈怠、背信行為を棚に上げて、同編集長がやむを得ず行った本件原画の改変及び改変後の掲載をとらえて、著作権及び著作者人格権の侵害等の理由で本件請求をすることは、権利の濫用であって許されないと説示している。

�\　結びに代えて

　今日では、電子技術の急速な進歩と電子ネットワーク化の発展を背景として、デジタル化された情報流通の保護に注目が集まっている。

　このような情勢に対処するため、現在、WIPO（世界知的所有権機関）において改正作業が進められており、その一部につき平成8年12月に「WIPO著作権条約」及び「WIPO実演・レコード条約」という新条約が採択されている。

　我が国でも、平成9年2月24日に文化庁が公表した著作権審議会マルチメディア小委員会審議経過報告（*17）では、新条約の内容を踏まえて著作権法改正意見が示され、改正に向けて検討作業が進行中である。 [後注２]

　著作権法の有する比重は今後も加速度的に増加する傾向にあるものと思われる。

　

以　上