「著作物性 - 著作権法による保護の客体」 岡村久道
6 応用美術
(1) 応用美術とその著作権法上の地位
応用美術とは、純粋美術の対立概念であるとされている。
具体的には、主として次のような種々の内容を含むものとされている。
@ それ自体が実用品であるもの(美術工芸品、装身具等)
A 実用品と結合されたもの(家具に施された彫刻等)
B 量産される実用品のひな型として用いられることを目的とするもの(文鎮のひな型)
C 実用品の模様として利用されることを目的とするもの(染織図案)
我が国が加盟するベルヌ条約ではブラッセル改正条約以降において、保護するべき著作物の例示の中に応用美術を加えているが、これを保護する法律である著作権法と意匠法との適用範囲や、保護されるための条件については、各国の国内法に委ねた。
日本の著作権法では、前述のように、2条1項1号で、著作物の範囲を「・・・美術・・・の範囲に属するもの」としている。ところが、他方では、同条2項で、「この法律にいう『美術の著作物』には、美術工芸品を含むものとする。」と規定し、それ以外の応用美術に関する規定は置かれていないので、その著作権法上の地位については問題とされている。
(2) 応用美術に関する判例
@ 博多人形事件(長崎地佐世保支決昭和48年2月7日無体集5巻1号18頁)
多量の生産及び販売を目的として製作された「赤とんぼ」と題する博多人形(彩色素焼人形)について、「美術工芸的価値として美術性も備わっているものと考えられ」、「美術的作品が、量産されて工業上利用されることを目的として生産され、現に量産されたということのみを理由としてその著作物性を否定すべきいわれはな」く、「意匠登録の可能性をもって著作権法の保護の対象から除外すべき理由とすることができない」として、「本件人形は著作権法にいう美術工芸品として保護されるべきである」と判示した。
A ヤギ・ボールド事件第一審判決
(東京地判昭和54年3月9日無体集11巻1号114頁・判時934号74頁)
著作権法の保護の対象となる応用美術作品は、実用的製作意図を一応捨象して観察し、通常美術鑑賞の対象となるものに限定されるとして、アルファベット装飾文字をデザインした書体の著作物性を否定し、著作権に基く使用差止・損害賠償等の請求を却けた事例 デザインされた文字の書体は著作物性を有するか 著作権法上の「美術」の範囲 デザインされた文字の書体は著作物性を有しない。著作権法上の「美術」とは、原則として鑑賞の対象たるべき純粋美術のみをいい、応用美術でありながら著作権法により保護されるのは同法二条二項にいう美術工芸品に限られる。
B 神戸地姫路支判昭和54年7月9日無体集11巻2号371頁(仏壇彫刻事件)
2条2項を注意的な規定であるとした上、応用美術が量産されるものであっても、「高度の美的表現を目的とするもの」である限りは著作権法の保護対象となるとして、仏壇を装飾する彫刻が、著作権法の保護対象となる著作物に該当するとした。
C 東京地判昭和56年4月20日無体集13巻1号432頁・判時1007号91頁(ティーシャツ事件)
現行著作権法は、いわゆる応用美術のうち、「客観的、外形的にみて、実用目的のために美の表現において実質的制約を受けることなく、専ら美の表現を追求して制作されたものと認められ、絵画、彫刻等の純粋美術と同視しうるものは美術の著作物として保護しているものと解するのが相当である」。2条2項は「美術工芸品は美術の著作物として保護されることを明記したにとどまり、美術工芸品以外の応用美術を一切保護の対象外とする趣旨とは解されない。」「純粋美術と同視しうる美的創作物」か否かは「主観的に制作者の意図として専ら美の表現のみを目的として制作されたものであるか否か」の基準による。
ティーシャツに模様として印刷された図案が、純粋美術としての絵画と同視し得るとして著作権法上の美術の著作物に当たるとされた。
D ヤギ・ボールド事件控訴審判決
(東京高判昭和58年4月26日無体集15巻1号340頁・判時1074号25頁)
いわゆるデザイン書体について著作権の成立が否定された事例
「ヤギ・ボールド」、「ヤギ・ダブル」等と称するいわゆるタイプ・フェイスである装飾文字等の書体(本件各文字)及び各一連の装飾文字の書体の一揃い(本件文字セット)は、著作権法二条一項一号にいう「美術の著作物」に当らないとした。
E 大阪地判昭和59年1月26日無体集16巻1号13頁・判時1102号132頁(万年カレンダー事件)
著作権法上の美術の著作物とは、純粋美術の作品や一品製作でつくられる美術工芸品のような鑑賞の対象となるものに限られるから、実用新案の実施品として作成された索引表と七色の標識体を組合わせた万年暦は美術の著作物に当らないし、また実用新案の実施品である以上、学術上の著作物性も有しないとされた事例
「純粋美術の作品や一品製作で作られる美術工芸品のような鑑賞の対象となるもの」に限ることとして、本件カレンダーは法にいう美術の著作物に入らないと判示した。
F 京都地判平成元年6月15日判時1327号123頁(佐賀錦袋帯事件)
「袋帯の図柄のような実用品の模様として利用されることを目的とする美的創作物については、原則としてその保護を意匠法等工業所有権制度に委ね、ただそれが純粋美術としての性質をも有するものであるときに限り、美術の著作物として著作権法により保護すべきものとしている」が、純粋美術としての性質をも有するか否かの判断基準は、「対象物を客観的にみてそれが実用性の面を離れ一つの完結した美術作品として美的鑑賞の対象となりうるものか否かの観点から」行われるべきである。
本件の袋帯の図柄は、「帯の図柄としてはそれなりの独創性を有する」が、「帯の実用性の面を離れてもなお一つの完結した美術作品として美的鑑賞の対象となりうるほどのものとは認め難い」。
G 最判平成3年3月28日著作権判例百選〔第2版〕30頁(ニーチェア事件)
世界的な工芸デザイナーである原告が、自己のデザインした椅子のコピー製品を台湾から輸入した被告に対し、著作権法違反を理由に製造販売禁止等を求めたが、原審は本件椅子のデザインは応用美術であって、著作権法上保護されるのは「美術工芸品」に限られ、それは実用品であっても実用面及び機能面を離れ、それ自体完結した美術作品として専ら美的鑑賞の対象とされるものをいい、本件椅子のデザインは「美術工芸品」に該当せず、10条1項4号の「その他の美術の著作物」ともいえず、著作物を定義した2条1項1号にあたるともいえないとして著作物性を否定したので原告が上告したが、最高裁が上告を棄却した。
H 東京高判平成3年12月17日知裁集23巻3号808頁・判時1418号120頁
(木目化粧紙原画事件)
いわゆる応用美術である木目化粧紙の原画について、社会通念上純粋美術と同視し得るものと認めることはできず、その著作物性を肯認できないと判断しつつ、他人が物品に創作的な模様を施しその創作的要素によって商品としての価値を高めこの物品を製造販売することによつて営業活動を行っている場合に、その物品と同一の物品に実質的に同一の模様を付しその者の販売地域と競合する地域においてこれを廉価で販売することによってその営業活動を妨害する行為は、営業活動上の利益を侵害するものとして、不法行為を構成すると判断した。
(3) 判例の検討
判例A、D、E、G及びHは、最狭義限定説を採用した。
この説は、応用美術は著作物に該当せず、2条2項は例外的に一品製作の手工的な美術工芸品のみに限って著作物性を認めた特則であるとする。
立法の際の説明はこの説と同様の立場であり、主要論拠は、著作権法と意匠法とによる保護区分の明確化である。
判例@は、広義限定説に立つ。
この説は、2条2項の「美術工芸品」は、一品製作のものに限らず、量産品のものであっても、一定の美的創作性の基準を達する美術工芸品である限り、美術の著作物として保護できるとする。
この説の主要論拠は、量産品であっても美的創作性を有するものがあるということ。
判例B、C及びFは、部分重複適用説を採用する。
この説は、2条2項は例示規定にすぎず、美術工芸品以外の応用美術も一定の要件を具備すれば、意匠登録の可能を有していても、著作権法の保護が付与されるとする。
最狭義限定説及び広義限定説は、2条2項の「美術工芸品」の解釈により解決しようとする説であるのに対し、部分重複適用説は、「美術工芸品」以外の一定範囲の応用美術につき、美術の著作物として保護しようとする説である。
観点を変えると、最狭義限定説は意匠法の保護範囲との重複を認めず、広義限定説及び部分重複適用説は著作権法による保護範囲を拡張して意匠法の保護範囲との重複を認める。