「著作物性 - 著作権法による保護の客体」 岡村久道
5 「思想又は感情の表現」という要件
(1) 単語や熟語等
単語や熟語等については、著作物性が否定されている。
その論拠としては、単語・熟語等の使用者自身の思想・感情の表現ではなく、当該単語・熟語等に盛り込まれた所与の思想・感情を表現しているものにとどまるという点があげられている。
(2) 裁判上争いとなったケース
以下は、裁判上争いとなったケースである。
@ 大阪高判昭和38年3月29日下民14巻3号509頁・判タ189号98頁(簿記仕訳盤事件)
「仕訳盤の放射形区分の中に印刷せられている文章も日常ありふれた取引例を列挙したものであり、又円盤を回転することによつて借方及び貸方の各科目欄に表示される勘定科目の名称、配列、組合せ、仕訳方法も最も初歩且つ典型的なものであり、格別学術的に独創性を有するものではなく、このような普通に専門用語として使用される極り文句に著作権を認めることとなると、その著作者以外は使用できないこととなって、社会文化の進歩を阻害するおそれもあると見なければならない。かように考えると右の仕訳盤のみを独立して考察の対象とした場合には、・・・尚且つ之を以て独立の著作物に該当するものと見るに足りないと謂うほかはない。」
A 前掲の発光ダイオード論文事件に関する大阪地判昭和54年9月25日
本件学位論文中に使用されている自然科学上の 「各用語は、単に物質の性質を現わしたもので、思想・感情を表現したものとは解し難い」。
B アメリカ語要語集事件に関する東京高判昭和60年11月14日(前掲)
「アメリカ語要語集」と題する英和辞典は、編集著作物に当たるが、これに原告が「収録した単語、熟語、慣用句及び文例は言語それ自体を表記したに過ぎないものであって、原告の思想又は感情の表現ではない」 し、「単語、熟語、慣用句、文例等の日本語訳及び見出し語の英語による言換えは、・・・英語の語意を正しく理解する能力を有するものであれば、誰が行っても同様のものになる・・・から、原告のみ創作的表現ということはできない」。
(3) 分 析
発光ダイオード論文事件の大阪地判では自然科学論文中の学術用語が、また、アメリカ語要語集事件の東京高判では単語等が、それぞれ思想・感情の表現ではないとされている。
これに対し、簿記仕訳盤事件に関する大阪高判は、思想・感情の表現ではなく創作性の要件を欠くとしているようである。したがって、前述の「アイデアの平凡・凡庸な表現のケース」に通じるものである。