「著作物性 - 著作権法による保護の客体」 岡村久道
4 「創作性」の要件
(1) リーディングケース
「創作性」の要件が問題とされたリーディングケースとして、東京高決平成元年6月20日判時1322号138頁(システムサイエンス事件)が掲げられることが多い。
この判例は次のとおり説く。
「あるプログラムがプログラム著作物の著作権を侵害するものと判断し得るためには、プログラム著作物の指令の組合わせに創作性を認め得る部分があり、かつ、後に作成されたプログラムの指令の組合わせがプログラム著作物の創作性を認め得る部分に類似している事が必要であるのは当然であるが」、本件プログラム「のうち抗告人が指摘する部分には、指令の組合わせに創作性を認め得ることは疎明されていない」。
@「『本体側よりデータ入力後の処理ルーチーン』の指令の組合わせは、ハードウェアに規制されるので本来的に同様の組合わせにならざるを得ないこと」、A「『プリンター制御不能時の処理ルーチン』・・・は共に極めて一般的な指令の組合わせを採用している」こと等からすると、抗告人が「主張する部分の指令の組合わせに創作性を認めることは困難である」。
(2) 特定のアイデアとその表現方法が不可避的に一致するケース
前記判例の@の部分は、特定のアイデアとその表現方法が不可避的に一致するケースにつき、「創作性」を欠くという理由によって著作権に基づく保護を否定したものであると評価されている。
それは、もし保護を認めると、事実上、その著作権侵害なしにアイデアを他の人が使用できなくなり、特許のような公的機関の審査や保護範囲の公示なくして著作権に基づき当該アイデアに独占権を認める結果となるので、工業所有権制度の趣旨に反するという価値判断に基づいている。*2
(3) アイデアの平凡・凡庸な表現のケース − 「創作性」には一定の水準が要求されるか
次に、前記判例のAの部分は、アイデアの平凡・凡庸な表現にとどまるようなケースについても、やはり「創作性」を欠くという理由によって著作権に基づく保護を否定したものであると評価されている。
それは、特許権などの工業所有権による保護が認められないような、誰でも思いつく表現についても、著作権の保護による独占権付与対象外としなければ、アイデアの自由な利用が害されるという判断に基づいているものと解されるが*3、別の角度から見れば、少なくともプログラムの「創作性」については一定の水準が要求されるという解釈を示したものと評価されている。*4
要するに、これらの点は、「創作性」の要件の問題とされているが、実質的にはアイデアは著作権法の保護範囲外であるという前記の枠組みと深く関連している。
(4) 他の関連判例
@ 発光ダイオード論文事件
これに先立つ前掲の発光ダイオード論文事件に関する大阪地判昭和54年9月25日も、次のとおり説いていた。
「自然科学に関する論文中・・・個々の法則を説明した一部分については、・・・その性質上その表現形式(方法)において、個性に乏しく普遍性のあるものが多いから、当該個々の法則の説明方法が特に、著作者の個性に基づく創作性のあるものと認められる場合に限って著作者人格権・著作財産権保護の対象になる」
この判例は、文字の著作物性が問題となった事案で、特定のアイデアとその表現方法が不可避的に一致するケースについて著作権に基づく保護を否定したものであり、コンピュータソフトに関するシステムサイエンス事件判決の考え方が、著作権一般についても当てはまるものであることを示唆している。
A 東京高判昭和60年11月14日無体集17巻3号544頁(アメリカ語要語集事件)
3,000前後の標準的なアメリカ語の単語、熟語及び慣用句を使用頻度に従って選び出し、これらを見出し語としてアルファベット順に配列し、各見出し語に続けてその日本語訳を付し、その大部分のものについて見出し語を用いた慣用句及び文例並びにこれらの日本語訳を付した「アメリカ語要語集」と題する英和辞典は、語句及び文例の選択及び配列に創意を凝らして創作されたものとして、編集著作物に当たるが、これに掲載された原告の「単語、熟語、慣用句、文例等の日本語訳及び見出し語の英語による言換えは、・・・英語の語意を正しく理解する能力を有するものであれば、誰が行っても同様のものになる・・・から、原告のみ創作的表現ということはできない」。
B 東京地判平成6年4月25日判時1509号130頁
本判例は、「城」の定義が学問的思想そのものであり、その表現形式に創作性は認められないとして著作物性を否定した。
「本件定義は、原告が長年の調査研究によって到達した、城の学問的研究のための基礎としての城の概念の不可欠の特性を簡潔に言語で記述したものであり、原告の学問的思想そのものと認められる。そして、本件定義のような簡潔な学問的定義では、城の概念の不可欠の特性を表す文言は、思想に対応するものとして厳密に選択採用されており、原告の学問的思想と同じ思想に立つ限り同一又は類似の文言を採用して記述する外はなく、全く別の文言を採用すれば、別の学問的思想による定義になってしまうものと解される。また、本件定義の文の構造や特性を表す個々の文言自体から見た表現形式は、この種の学問的定義の文の構造や、先行する城の定義や説明に使用された文言と大差はないから、本件定義の表現形式に創作性は認められず、もし本件定義に創作性があるとすれば、何をもって城の概念の不可欠の特性として城の定義に採用するかという学問的思想そのものにあるものと認められる。」
「著作権法が著作権の対象である著作物の意義について『思想又は感情を創作的に表現したものであつて、・・・』と規定しているのは、思想又は感情そのものは著作物ではなく、その創作的な表現形式が著作物として著作権法による保護の対象であることを明らかにしたものと解するのが相当であるところ、右に判断したところによれば、本件定義は原告の学問的思想そのものであって、その表現形式に創作性は認められないのであるから、本件定義を著作物と認めることはできない。」
「学問的思想としての本件定義は、それが新規なものであれば、学術研究の分野において、いわゆるプライオリティを有するものとして慣行に従って尊重されることがあるのは別として、これを著作権の対象となる著作物として著作権者に専有させることは著作権法の予定したところではない。」