社団法人 電子情報通信学会
THE INSTITUTE OF ELECTRONICS,
INFORMATION AND COMMUNICATION ENGINEERS

信学技報                              
TECHNICAL REPORT OF IEICE.
FACE99-1(1999-4)                

 

 

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スパムメールをめぐる米国及び日本における法的規制


岡 村 久 道

1 はじめに

 今日、ネットワークに関係する者にとって、スパム(spam) という言葉は、Hormel Foods社が製造するSpiced hamの略称を意味するものではなく、多数の人々に配信される望まれもしないインターネット・メッセージを指すものとして使用されているのが通常である。

 この言葉は、主として商業用の電子ダイレクトメール広告を示す意味で使われている。しかし、このような商業広告に限定することなく、政治・宗教など、より広い目的を含めた一方的且つ大量のメッセージを示す言葉として、「ジャンク・メール(junk e-mail)」、「望まれもしない電子メール(unsolicited e-mail)」などの言葉と互換的に使用されることも少なくない *1

 

2 ユーザーからみたスパムの問題点

 スパムの大量送信は、急激なユーザー数の増大という状態に立ち至っているインターネット全体にとって、トラフィックの負担を増加させ浪費させるという点で深刻な問題となる。

 しかし、いうまでもなくスパムによって最も直接的な被害を受けているのは個々のユーザーである。スパムがユーザーにもたらす最大の害悪は、頼んでもいない電子メールにアクセスし、チェックし、廃棄するというプロセスに、時間と費用とを一方的に負担させられるという点である。

 現実世界の郵便を利用したダイレクトメールは、受け手側に対し一方的に送り付けられて来るという点では、たしかにスパムに類似している。しかし、ダイレクトメールの郵送自体を法的に規制しようという動向は、ほとんど存在していない。なぜなら、郵便の場合には、郵送料・印刷代金などの高額な費用を送り手(業者)側が全額負担することになるが、受け手側は郵便受けからそのままゴミ箱へと捨て去るだけで済むので、廃棄のための手間もコストも要しないからである。これに対し、スパムの場合は、いかに大量に送信してもスパマー(spammer)側が負担すべきコストは些少にすぎないので経済的な歯止めがなく、他方で、受信者であるユーザーは、望みもしないのに時間と費用とを負担させられるという被害を受ける。また、現実世界の「郵便受け」とは異なり、受信者側のメール・ボックスに容量制限があれば、スパムのためにメール・ボックスが溢れ、必要なメールが受信不能になりかねない。これらの点で、両者の間には本質的な相違点が存在している。

 合衆国法典(US law)には、ファックスによるダイレクトメールの送信行為を禁止する規定が置かれている。望みもしないのに勝手に受信者側のファックス用紙を費消し、一方的な送信行為により受信者側のファックス用電話回線を独占して一時的に使用不能にしてしまうからである。この点、スパマー側は、スパムの場合には、ユーザー側でプリントアウトしなければ用紙コストを負担する必要がなく、ファックスのように回線を独占することもないので、ファックスの場合と同視することはできないと主張している。しかし、受信者側が一方的に費用や時間を浪費させられる点で、両者の基本構造には、相違点よりも類似点の方が大きいことは、否定できない事実である。

 インターネットの商業利用が解禁されるに至った現在では、ウェブを利用した商業広告は禁止されていない。しかし、ウェブの場合にはユーザーが望まないのであればわざわざ見に行かなければ足りるので、一方的に送り付けられて来るスパムとは、やはり根本的に性格が異なっている。

 もちろん、メーラーの中には、ユーザーの設定により受信メールを振り分けてスパムを「ゴミ箱」などへ直行させることができる機能を持ったものも多いので、この機能を利用することにより、ユーザーとしても一定の限度では自衛する余地がある *2。 しかし、この機能を利用したとしても、現在の主流であるPOP3を使用している限り、次々に送られてくるスパムを受信するために、時間と費用とを一方的に負担させられることには変わりがない。また、新規のスパマーから受信した場合や、従来のスパマーが発信元を転々と変更することが多く、そのような場合には、やはり振り分けの設定を頻繁に変更せざるを得ないので、やはり時間と手間とを負担させられてしまう。しかし、スパマーに対し苦情メールや受信拒否メールを送りつけようとしたところで、スパマーが送信元を詐称しているために届かない場合が多いから、実効性に乏しい。

 かといって、ひとりのユーザーがスパマーを相手に訴訟を提起することは、手間や費用などの点で、非常に困難である。

 かくして、ユーザーとしては、ISP(インターネット・サービス・プロバイダー)などのサーバ管理者に対して苦情を申し立て、スパムの配信防止措置を求めるというケースが多い。

 

   

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