第1章 はじめに
医療過誤事件の一種である歯科診療過誤事件については、判例集などに登載された判例の数も多いとはいえず、公表された論稿も少数にとどまっている。
しかし、医事法民事法研究会が平成元年から2年にかけて実施した歯科医師に対するアンケート調査の結果によれば、約32%の歯科医師が何らかの医事紛争を経験しており、訴訟に達する割合はごく僅かではあるものの、紛争件数は時代とともに増加傾向にあるとされている<注1>。
実際にも、この分野につき近時は相次いで興味深い判例が出されるに至っているが、歯科診療の領域について過誤が問題となる場合、他の領域の医療過誤判例と比較して、いささか異なった特色を有しているように思われる。
本稿は、歯科診療過誤事件に関する判例の分析を通じて、一般の医療過誤領域における判例理論との異同を検討することを目的とするものである<注2>。