第5章 転送(転医勧告)義務
1 転送(転医勧告)義務とその要件
転送(転医勧告)義務とは、医師が、自ら医療水準をみたす診療ができない場合に、患者を他の適切な治療機関に転医させるべき義務を指し、これにより医療格差を補う機能を有する<注20>。
ところで、右義務の要件に関しては、論者により細部に相違はあるが、一般的には、・・・
<1> 当該疾患が自身の専門領域外であるか、自身の臨床経験・医療設備では患者の疾病改善が困難であること、
<2> 患者の一般状態からみて搬送可能であること、
<3> 地理的・環境的要因の点で搬送可能地域内に適切な設備・専門医の配置された治療機関が存在すること、
<4> 転医による疾患の改善可能性が予測できること
・・・が掲げられている<注21>。
以上の点は、一般の医療過誤事件について説かれているところであるが、歯科診療についても、これと別異に解すべき理由は存在しないので、基本的に同様の要件が当てはまるが、他の医療領域と比較すれば、むしろ患者の一般状態からみて搬送可能である場合が通常であると考えられる。
2 判例【11】
歯科診療の領域でも、判例【11】は右義務に言及しており、「他の十分な設備の整った病院の診断を受けるよう原告に勧めなかったからといって、・・・その責を問うことはできない」として右義務違反を否定している。
しかし、前述した本義務の要件を前提とすれば、本判例では、患者が「歯茎内側の半球様のこぶ状の物」という具体的な異常を訴えて診断を求めていたのであるし、仮に判示のとおり一般開業の歯科医師レベルの設備や技術ではレントゲン撮影自体及び撮影結果に基づき的確な病名診断を下すことが困難であったとしても、現に大学病院レベルでは病名確定は十分に可能であったのであり、また、事案の性質からみて搬送の困難性も存在しなかったこと等からすると、本判例の事案においては、不十分ながらでもレントゲン撮影をすることはもとより、むしろ設備の整った治療機関への転送義務が認められるべきであったものと思われ、この点でも本判例の結論には賛成し難い<注22>。