社団法人 電子情報通信学会
THE INSTITUTE OF ELECTRONICS,
INFORMATION AND COMMUNICATION ENGINEERS

信学技報                              
TECHNICAL REPORT OF IEICE.
FACE99-1(1999-4)                

 

 

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スパムメールをめぐる米国及び日本における法的規制


岡 村 久 道

 

4 スパム受信側ISPとスパマーとの間の法律紛争

 第2の立場をとるISPなどの場合には、自らの会員ユーザー向けに大量のスパムを送りつけられることによってメールサーバが過負荷を負うことがあるだけでなく、前述のような理由により、会員ユーザーから苦情を受けて退会を申し出られたり、サーバのレベルでスパム・フィルターを設定するように要求を受けたりすることが少なくない。そこで、ISPとスパマーとの間で法律紛争になるケースが多い。

 この類型については既に多数の判例が出されているが、その中でもAOL(America Online, Inc.)とサイバー・プロモーションズ社との間の一連の法廷紛争が有名である。

 法廷において、AOLは、自社のインターネット・サーバーに対し、無料で毎日何百万通もの電子メール・メッセージを送る権利など存在しておらず、同社の電子メール・サーバーはオーバー・ロード(過負荷)になることなどを理由に、スパムが会員に到達することをブロックする権利を持つと主張した。これに対し、サイバー・プロモーションズ社は、合衆国憲法の憲法修正1条やペンシルバニア及びヴァージニア憲法により保障された「表現の自由」によって、ひとつの私企業が、インターネットの上において、オンライン会社の加入者に対し電子メール広告を送ることができるという「足枷のない権利」を持つはずであると主張して争った。ペンシルバニア東部地区連邦地方裁判所は、憲法の「表現の自由」は国家や州に対し主張すべき人権規定であるから、私企業であるAOLに対しては原則として主張することができず、例外的に私企業の行為であっても国家や州の行為と同視しうるものである場合には憲法上の人権規定が適用されるという考えられているとしても、本件におけるAOLの行為は国家や州の行為と同視しうるものではないとして、「サイバー・プロモーションズ社は、望まれてもいない電子メール広告を、インターネットを通じてAOLの会員に対し送信することについて、合衆国憲法修正1条又はペンシルバニア州憲法もしくはヴァージニア州憲法に基づく権利を有するものではないと宣言する」と判示している *4。両者間には他に独占禁止法違反の有無をめぐる判例もあるが、すべて和解で終了している。

 コンピュサーブ社(CompuServe Inc.)も、サイバー・プロモーションズ社に対し、スパム送信の差止などを求める訴訟を提起し、1997年2月3日、オハイオ州東部の南地区の連邦地方裁判所から、会員に向けたスパム送信禁止などを内容とする暫定的差止命令を得ている。この裁判でサイバー・プロモーションズ社は、合衆国憲法が保障する「表現の自由」の下では、コンピュサーブ社のコンピュータ・システムに対し、望まれてもいない商業電子メールを送り続ける権利を持つので、コンピュサーブ社はスパムをブロックすることによって、あたかも郵便局長が検閲を行うのと同様の役割を営んでいると主張したが、裁判所は、AOLに関する前記判例を引用して、コンピュサーブ社の行為は国家や州の行為と同視しうるものとは認められないから、憲法上の人権規定を適用することはできないとしている *5

5 メールアドレスの詐称などをめぐる法律紛争

 さらに、全く無関係なサーバが、スパマーによって、送信元としてドメイン名を詐称されたり、spamメールの中継(relay)に利用された結果、大量のエラー・リターンメールや苦情メールを受けるという被害が発生し、スパマーとの間で法律紛争に発展するというケースも存在している。

 このような類型のものとして、Parker v. C.N. Enterprises事件では、原告らが有するflowers.comというドメイン名を、被告ら側が勝手に詐称してスパムを発信したという事案で、メッセージのリターンアドレスなどに前記ドメイン名を使用することを禁止するという命令が、1997年11月10日、裁判所から下されている *6

 

 

   

 

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