岡村 久道
      

1 はじめに

2 個人情報と電子ネットワーク

3 不正流出事件の続発

4 1970年代の個人情報保護法

5 OECDプライバシー・ガイドライン

6 欧州の対応

7 米国の動向

8 わが国の対応

9 わが国の民間部門における個人情報保護制度の内容

 

 

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 個人情報と電子ネットワーク

 SF作家オーウェルの名著「1984」には、ネットワークを利用して「すべてを見、すべてを聞き、すべてを知る」という独裁者の「ビッグ・ブラザー」が登場する。

 このSF小説が書かれた時期(1948年)を想起すれば明らかであるとおり、この作品に登場する独裁者は、直接的にはスターリンやヒットラーの陰がつきまとっているものであって、今日の情報化社会自体を対象としたものではない。

 しかし、現代のような情報化社会では、コンピュータによる大量・迅速な情報処理が本格化しているのも事実である。

 その結果として、預金情報・クレジットカード決済情報などの信用情報、本籍地・住所・生年月日・学歴などの情報、大病院の内部に蓄積された個人の治療歴などといった各種の個人情報が、本人の知らない間に収集され、コンピュータなどの情報機器の中に大量に蓄積されて、場合によっては本人の予想しなかった目的に使用されるという事態も発生している。

 また、コンピュータに蓄積された大量の個人情報が不正に漏洩したり、改ざん・悪用されるといった事態に対する危険性も自覚されるようになっている。

 さらに、ネットワーク社会が進展して、多くのコンピュータがインターネットに代表されるオープンな電子ネットワークで結ばれるようになると、蓄積された個人情報が電子ネットワークを通じて簡単に流通することになり、場合によっては一瞬のうちに国境をも越えて広範囲に流通することも想定されるので、この危険性は一層高まるものと考えられている。

 また、インターネットは誰で接続が可能なオープン・ネットワーク・システムであること、現時点では基本技術も確立されていないこと、分散型ネットワークであるため全体の統一的な管理者も存在していないことなどに起因して、必ずしもセキュリティが確立されていない状態である。このように、電子ネットワークには脆弱性があるので、不正アクセスなどを手段とした漏洩の危険が増大するという問題が常につきまとっている。

 さらに、ネットワーク上に散在する個々のサーバに蓄えられた個人情報を統合することによって、特定の個人に関するデータを集積させることが極めて容易になる。

 たとえば、現実空間の店舗で商品を現金で買う場合には購入履歴は残らない。これに対し、電子店舗で特定の個人が購入した商品のデータがコンピュータに蓄積されネット上で流通して結合されると、その個人の趣味、嗜好、思想に至るまで人格のアウトラインが見えてくる。また、クレジットカードの使用履歴を入手すれば、その人が、いつ、どこで、何をしていたかという事実すら、丸裸にされてしまいかねない。

 デジタル情報であるためコピーや加工が容易であり、電子ネットワーク経由で個人情報の収集・蓄積・利用が容易であるという特質を有しているし(http://www.iijnet.or.jp/fmmc/501.html)、ネットワーク上に個々に散在するサーバに蓄えられた個人情報のクラスタ(断片)を統合することによって、特定の個人に関するデータを集積させることが極めて容易になるからである。さらに、一部のウェブで、Cookie(クッキー)などを使って収集した個人情報を売買しているという事実も指摘されている。

 このような意味での個人情報保護に対する対応の必要性は、米国のアル・ゴア副大統領が、オンライン上で個人を守るための「電子的権利章典(electronic bill of rights)」の制定を求めて、1998年5月14日、ニューヨーク大学で発表した次の声明に代表されている。

 すなわち、「米国人は自己の個人情報を開示するか否かにつき選択する権利を持たなければならない。その情報が、どのように、いつ、いくらで利用されているかを知る権利を持たなければならず、それが正確か否かを知るために自らその情報を確認する権利を持たなければならない」というものである。

 ゴア副大統領の言葉は、単に米国主導の電子商取引に対する障害物を除去するためのものにすぎないという見解もある。しかし、それにしても、それだけ個人情報保護に対する必要性が緊急であるというコンセンサスが、少なくとも米国内において形成されるに至っていることには変わりはない。

 マスメディアが発達した時代には、プライバシーは、「みだりに私生活を公表されない権利」として考えられてきた。これに対し、コンピュータや、電子ネットワークが発達した時代が到来し、プライバシーは、「自己に関する情報の流通をコントロールできる権利」として考えられるようになったのだ([図1]参照)。

[図1] 図をクリック

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